1次選考 あと一歩の作品選評

『Dear森さん』/本間野乃

あらすじ&コメント

中学3年生の渡瀬清作は、クラスメイトの森さんに恋こがれるが、森さんは謎を残して転校してしまう。思いを捨てきれない清作は中学生活最後の日、森さんの友達の吉田奏子に付き添いを頼み、神戸まで2日間をかけてヒッチハイクの旅に出る。だが、そこに森さんはいなかった。奏子は神戸で清作と別れるが、足が不自由で不器用な性格の彼に恋心を抱く──。
 以上が物語の骨子で、その部分は大変感動的で素晴らしい。中学生のふたりを助けるトラックドライバーなどの脇役も魅力的に描かれている。ところが、そのエピソードのあとの登場人物たちの後日談が長々と続き、その感動を帳消しにしてしまう。また、清作と奏子の家庭環境についての悲惨な描写も、物語の骨子を強くするどころか、ふわふわと輪郭をぼやかす余計なエピソードのように感じる。その一方、清作はなぜそれほど森さんを好きになったのか? そもそも、清作にそこまで好かれる森さんという女性はどんな人物だったのか? 妊娠、中絶との噂の真相は? 清作は何のために奏子と別れて神戸に残ったのか? といった物語の核心を突く大事なことが書かれていないし、示唆もされていない。

本間さんの作品は昨年、最終選考まで進んだ『おたまじゃくし』を読ませてもらったが、本作と同じ感想をもった。つまり、肝心なことが書かれていなくて、余計なものだらけなのである(前作『おたまじゃくし』では、死を前にした暮林という男と主人公の母親との苦労人同士の人情あふれる恋愛物語が、中盤から別の物語になってしまい、尻切れトンボのラストで終わっていた。本作と同様である)。技術的なことで難点をあげれば、清作と奏子の一人称を交互にからめる手法は読みにくく、読者の登場人物への感情移入を冒頭から削いでいる(森さんのキャラの希薄さはそこにも原因があるように思う)。また、清作と奏子は物語中、数度にわたって森さんへの届くはずのない手紙を書いていて、その全文(?)が引用されるが、手品の種明かしをされているようで興ざめしてしまう。こういう手紙文は、最低でも2度、いや1度くらいに止めておくべきだろう(もちろん、なければさらによい)。など、くどくどとダメ出しをしてしまうのは、昨年から2作を読ませてもらって、本間さんが希有な才能を持った書き手だと思うからである。すでに述べたが、人情味あふれる登場人物(とくに脇役)の存在感は群を抜いており、読む者の心をゆさぶるセリフを創造する術に長けている。是非おすすめしたいのは、ある程度ストーリーの骨子を固めてから文章を書き出すこと。細かいプロットを作る必要はない。おおまかでいいから、「これだけは書きたい」という物語(メッセージではなく)をあらかじめ作っておくのだ。ひとつひとつのエピソードがその物語の骨子を強めるように機能すれば、その小説は素晴らしいものになるだろう(各章を短編小説を書くようにして山場を作っていくとなおよい)。さらに言えば、題名にももうちょっとこだわってほしい。誰もが読みたくなるような題名の小説は、この世にたくさんある。そのような題名を思いついてから書き出すというのもひとつの手だろう。


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