最終審査講評

柴門 ふみ (さいもん・ふみ)

『LOVE GENE~恋する遺伝子』は、動物病院の女医さんが主人公だという点が新鮮でした。動物に関するウンチクも面白く、飽きずに最後まで一気に読めました。恋愛部分も、生活能力のある同級生と、年下のちょっと頼りない男の子との三角関係という図式がわかりやすく、しかも登場人物全員に嫌味がないので読後感がとても気持ちよかったです。この作者は達者なので、このあとすぐにでも動物病院を舞台に続編がどんどん描けそうです。その力量を買って、大賞に推します。

『アパートメント・ラブ』は、会話が現代的でリアルなので、登場人物に説得力はあります。ただ、ストーリーがあまりにご都合主義に流れるのが気になります。話を創ることを意識せず、会話の流れだけでドラマを生み出せる人だと思うので、無理に話を展開しようとしなくてもよかったのでは。

『今日、きみと息をする。』は、自意識を持て余した女子高校生の心情はリアルに描けていると思います。その一方、男子2人があまりに嘘っぽい。けれど、まだ19歳なので将来有望だと思います。

『美将団~信長を愛した男たち』は、文章にスピード感があって読みやすいのですが、信長がなぜそんなにモテるのかが描けていないので、どうも釈然としません。

『タバコの煙、コーヒーのにおい』は、パチンコ店で飲み物を配る仕事部分はよく描けていると思います。現在の25歳を取り巻く状況って、多分こうなのだろうと伝わりますが、落ちぶれてパチンコ三昧の日々を送る元憧れの同級生との再会、という設定が生かしきれていないのが残念です。

 今回は、最終選考作品の作者が全員女性でした。しかも、恋する相手のキーワードはすべて「イケメン」。「イケメン」という言葉以外で、男性の魅力を語ってもらいたいと思いました。


石田 衣良 (いしだ・いら)

実際の恋愛も、恋愛小説を書くこともむずかしくなった時代なのかもしれない。最終候補に残った全5作品に、ラブストーリーであることの窮屈さを、ぼくは感じた。作品をつくろうというのではなく、みんな自分にとっての恋愛をもっとのびのび物語化できればいいんだけど。そうでなければ、デビューしてからがたいへんだ。来年チャレンジする人は、そのあたりをよく考えてみてください。

 『タバコの煙、コーヒーのにおい』

 タイトルをもうすこし考えよう。高校のスターだったサッカー部のエースが、職場にあらわれる。しかも身なりは昔のヒッピーみたい。どう展開するのかと思ったら、なにも起きずに終わった。彼が身づくろいして髪を切っただけでは長篇にならない。パチンコ屋の仕事の細部がおもしろかっただけに惜しい。

 『美将団~信長を愛した男たち~』

 信長の小姓組のお話。史実はわからないが、ボーイズラブ的な展開がなかなか読ませる。主人公の長谷川竹と信長の関係をもっと突っこんで描いたほうがよかった。すくなくとも初めていっしょに夜を過ごすシーンは、逃げずに描写したほうがいい。昼メロ的なこてこての魅力があるので、次回作に期待しています。

 『今日、きみと息をする。』

 タイトルは意味不明、もうすこし読者にやさしくね。高校生の三角関係を描いているけれど、友情も性も恋愛もすべてが淡く抽象的。もっとおもしろくなる題材のはず。後半でいきなり一人称多視点から三人称になるのも読みにくかった。雰囲気のある文章で、独特の感性の閃きが感じられるので、あきらめずに書き続けて欲しい。

 『アパートメント・ラブ』

 となりの部屋に口の悪いイケメンが越してきて……という決定的に既視感のある物語。文章のリズムはよく、台詞もいきいきしている。けれど長篇の山場がこれではいけない。クライマックスの高さをきちんと計算して書いてみよう。タイトルも弱い。とにかく優秀賞受賞おめでとう。デビューするからには、つぎからがほんとうの勝負です。

 『LOVE GENE~恋する遺伝子~』

 懐かしのトレンディドラマのような雰囲気が全体に横溢している。それがいいと思うか、古いと感じるかで評価が割れたけれど、ぼくは決して嫌いではありません。動物病院の美人院長には、年下のボーイフレンドがいて、でもそろそろ別な相手との結婚を考えている。肉食系女医のコミカルなストーリーで、展開力はこの作品が一番だった。動物に関するトリヴィアもたのしく、しっかりとリサーチしている。この調子で書き続ければ、人気シリーズになるだろう。ラブストーリー大賞おめでとう。最初の三作を全速力で駆け抜けるつもりで、気を引き締めてください。


瀧井 朝世 (たきい・あさよ)

今年の最終位候補作品はどれも文章が達者で読みやすく、楽しく拝読しました。大賞は愛戸結衣さんの『LOVE GENE~恋する遺伝子~』。主人公の獣医の女性が、動物の話になるとつい暴走してしまう様子に笑いました。相手の男性たちだけでなく母親や友人ら他の登場人物の活き活きしているし、美男美女の話だけれども嫌味にならないところも好感度大。動物に関する豆知識もうまく生かされていて、取材して得た知識を物語に溶け込ませる筆力を感じました。小説を書いていく力のある方だな、と期待が膨らみます。

優秀賞の蒼井ひかりさんの『アパートメント・ラブ』は、主人公と再会した同窓生の男性とのテンポのいいやりとりに惹かれました。ただ、もう一人の主要人物が登場してからは彼の陰が薄くなってしまったのが残念。また、前半の主人公のさっぱりした性格がとても魅力的だっただけに、後半の悩みながらもかなり曖昧な態度を取り続ける様子に少し違和感をおぼえました。

タケダアヤノさんの『今日、きみと息をする。』は、高校生の片思いや三角関係、「自分ではない人を好きなあの人が好き」という複雑な心情が丁寧に描かれていました。ただ、主人公たちの家庭環境が複雑なわりに後半はなおざりにされている点が気になります。途中でさまざまな視点が入り混じるパートは「読みにくい」という声もありましたが、私は一人称や三人称を書き分ける力がある方だな、と感心しました。今回の作品も構成やメリハリを再考すればぐっと質があがっていただろうと思います。今後が楽しみな方です。

村崎えんさんの『タバコの煙、コーヒーのにおい』は、主人公のパチンコ店での仕事や人間模様の描写がとてもよかった。ただ、私には、初恋の相手に再会したら格好悪くなっていてがっかりし、イケメンに戻ったら惚れ直すという、外見重視の身も蓋もないストーリーに読めてしまいました、ごめんなさい。相手の男性の心理、主張している価値観、そして現在の彼が持つ魅力にもっと説得力がほしかったです。そこをクリアすれば、とてもよい作品になっていたのでは。

有沢真由さんの『美将団~信長を愛した男たち~』は、信長とお小姓たちをめぐる恋愛模様を描いていますが、史実に沿っているだけに意外な展開がない。多くの人を楽しませるためにはもっと信長の魅力が具体的に分かるエピソードや、ときめくような恋愛エピソードを盛り込んだほうがよいのでは。文章は分かりやすく巧みなのですが、もう少し当時の風俗、生活ぶりなどの描写がほしかった。ただ、こうしたチャレンジは非常に頼もしいです。さまざまな切り口で小説を書ける方だと思いました。


川村 元気 (かわむら・げんき)

『LOVE GENE~恋する遺伝子~』

確かな描写力と、ストーリーテリングで、読まされました。舞台となる動物病院の描写、働く獣医師の仕事のディテールなどよく取材されており、ラブストーリーの舞台としても新鮮でした。気になったのは、キャラクターやセリフ、ギャグ、物語の展開などが、ちょっと古い肌触りに感じたことでしょうか。女性の「結婚」に対するリアリティなどはわかるものの、なにか全体のトーンとして「今」を感じるものがあまりなかったのが惜しかったような気がします。大賞にふさわしい実力の著者だと思いますので、次回作にも期待したいと思います。

 『アパートメント・ラブ』

主人公の杏奈。そして隣人の男・広田。このふたりのキャラクターに「今」を感じました。軽妙かつ現代的なふたりのやりとりが面白く、楽しみながら読みました。杏奈のキャラクターの現代性は、多くの女性(そして男性)に共感を得ることになると思いますし、広田もなかなかくせ者で(でも憎めず)愛すべきキャラクターになっていると思います。惜しいなと思ったのは、後半。広田の弟・瑛二がやってきたあたりから予定調和な展開になっていってしまったことでしょうか。杏奈と広田のキャラクターがよかっただけに、多少大胆な展開でも読者はついてくるような気がしました。あとはタイトル。これはほかの作品全般にも言えることなのですが、タイトルは作品の「顔」とも言えるので、ぜひその「顔」だけで惹かれるタイトルを発明していただければと思います。本作の場合、杏奈というキャラクター、もしくは杏奈と広田の関係性を表現できる面白いタイトルが発明されれば、より作品としての魅力が広がるような気がしました。

 『今日、きみと息をする。』

まだ19歳。これからが楽しみな才能が出てきたと思います。現代の高校生男女の心の機微が、同世代ならではの感覚と言葉で紡がれていて心地よかったです。3人の高校生の目線が移り変わりながら描かれていく構成も面白く、同じシーンを、何度も目線を変えて描く描写力にも感心しました。残念だったのは、中盤以降。この「目線のリレー」のルールが外れてしまった途端に読みにくくなり、複眼の描写によって生まれていた緊張感も失われてしまったことでしょうか。とにかく、このみずみずしい感覚で書き続けてほしいと思います。

 『タバコの煙、コーヒーのにおい』

グタグダなパチンコ店勤務の日々が、痛切に迫ってきました。どこかに行きたいけれども、どこにも行けない。何かになりたいけれども、何者にもなれない。そんな主人公・はるかの気持ちが、びしびし伝わってきました。一方で、前半がキャラクターによく潜れているぶん、後半がやや急展開すぎて、感情移入が追いつかない印象がありました。でも、なにかオリジナリティを感じる、気になる作品でした。

 『美将団~信長を愛した男たち~』

織田信長の小姓として生きる男たちのラブストーリー。というだけで、ある企画としての高さの獲得に成功していると思いました。つっこみどころがないと言えば嘘になりますが、その荒唐無稽さも楽しめる世界観になっていたと思います。ただ、全体的にはエピソード集になってしまっている印象もあり、読み物としては、もう少しキャラクターや物語のディテールにも迫ってほしかった気もします。着眼点は素晴らしいと思うので、次も企画性の高い作品にチャレンジしてほしいと思います。