第8回日本ラブストーリー大賞1次通過作品
『アダルト・ベーカリー』/A*SAMI
あらすじ
大阪の有名進学校に通う男子高校生の水島リクは、彼女ナシ部活ナシ将来の目標ナシの暇を持て余した放課後、好みの美少女顔をした千尋にパン屋でバイトをしないかと声をかけられた。どう見ても少女なのに学ランに身を包む千尋に興味を引かれ、十三のパン屋までついていく。だがそこはヤクザの黒崎が営む怪しい店だった。黒崎への恐れと千尋の可愛さに押し切られるようにレジ打ちを引き受けたリクだったが、やはり普通のパン屋ではない。開店時間は異例の夜7時から。店に出入りするのは男ばかり。しかも男たちの真の目的はパンとは別にあるようで……。そもそも千尋は少女なのか少年なのか。なぜ店には新しいバイトが必要だったのか。彼らの秘められた事情に向きあうことになった少年は、大人の階段をのぼってゆく。
評価・感想
深夜営業のパン屋といえば『真夜中のパン屋さん』という先行の人気作が思い出されるので、その点は明らかにマイナスなのだが、千尋や黒崎の謎めいた設定は、それを上回る巧さがある。謎への興味でリーダビリティをあげる一方で、迷える主人公の成長とそれぞれの登場人物たちの事情ががっちり連携しており、関西弁でかわされる会話は軽妙で味があった。章題が「夢は夜開く」「悲しい色やね」など歌のタイトルなのもちょっとした工夫で、書き手が楽しんで書いている感じが伝わってきて好感。せっかくのパン屋なのでもっとパンが出てきてもいいのでは…というか、深夜営業が奇妙にうつる店ならパン屋以外でもよかったのでは、とは思うものの、そうは言ってもタイトルや舞台設定の惹きでパン屋を越えるものというのはけっこう悩ましい。