第一次選考あと一歩作品詳細

『僕は女神を殺した』 印藤 あやめ


あらすじ&コメント

 親子ほど年が離れた「ミコ」と「先生」との15年間におよぶ肉欲の日々が克明に描かれた作品です。しかも、先生が痴情のもつれからミコを殺害し、拘置所から弁護士に宛てた手記という形で物語は語られていくので臨場感がつのります。一読して、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を連想し、同じ告白体という構造を持つ作品としての完成度にうなりました。余計な風景描写や心理分析などを廃し、ひたすら情事の場面を描くことに徹したところにこの作品の魅力があります。ヒロインを「女神」と呼びながら、実は神聖視するのではなく、ED治療までして懸命な奉仕をする老主人公の奴隷的努力は凄絶です。しかし、欠点もないわけではありません。それは、現代性の欠如です。奔放な性に走るヒロインのキャラクターは心に残るものの、「今日は何処に連れてってくださるの」「彼奴」といったセリフまわしや、「天麩羅学生」などの現代では死語とされる用語が多用され、ある種の「古くささ」を感じさせるのです。この作品は、1990年代半ばから現在までを描いていますが、その風俗や登場人物の道徳観、倫理観を含め、「平成」ではなく「昭和」を舞台にしたと説明するほうがしっくりするでしょう。谷崎潤一郎の『痴人の愛』は、ナオミズムという言葉をうんだことでもわかる通り、戦前の日本における斬新な女性像を活写し、時代に大きなインパクトを与えることで評価を得ました。しかし、携帯電話やmixi、ツイッターやフェイスブックなどを駆使する現代人たちにとって、「ミコ」の人間像に共感することはむずかしいのではないでしょうか。

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