最終審査講評

柴門 ふみ石田 衣良大森 美香瀧井 朝世

柴門 ふみ (さいもん・ふみ)

『おたまじゃくし』は、ほんわかしていて、でも、登場人物がみんなどこか悲しみを体の奥に隠している感じで、私の好きな作品でした。
『禽獣』は、新撰組に性格の違う双子の姉妹をからませた着眼点は面白いと思いました。ただ、設定を追うだけで話が終わってしまった感があります。もう少し、掘り下げてほしかった。
『パーティーがはじまる』においては、日本で暮らす外国人が、なかなかよく描けていたと思います。国際結婚についても、なるほど、そうだろうなぁと、思わせる記述もありました。しかし、ラブストーリーの焦点をどこに合わせていいのか、中途半端な気がします。華子とサイモンなのか。あるいは、華子の父と母なのか、母と前夫の関係なのか。そこが、ぼやけてしまっているのが、残念です。
『むいてないふたり』は、向いていないくせに不倫を止められないふたりの苛立ちや悲しみに的を絞れば、もっと読み応えのある作品になったのではないでしょうか。新興宗教の信者である婚約者の良心にブチ切れるシーンは、よく描けていると思いました。
『ワリナキナカ』は、非常に達者な文章だと思います。登場人物の性格設定も上手ですし、甘えや泣きごとを排除した主人公はカッコイイ。体の相手だけいれば充分と思っていた彼女が、段々と祐輔に心を開いて行く過程も、すんなり読めます。難点は、作者が達者すぎるということだけでしょうか。本作はかなりのボリュームでしたが、読者を飽きさせることなく最後まで引っ張って行く技量は、確かです。かなり書ける方だと思いますので、今後さらに書き続けてほしいです。


石田 衣良 (いしだ・いら)

恋愛小説にとって、新しさとは、なんだろう。 ひとつはまず、誰も書いていない設定やストーリーがあげられる。でも、この方法では新奇さを求めるあまり肝心の恋愛から遠く離れてしまいがち。今回の最終候補作には、これはラブストーリーなの?という作品が多かった。ありふれた設定でも物語でもいい。来年は、心をこめて、ていねいに書かれた王道のラブストーリーを読んでみたい。
『禽獣』作者が新撰組が好きなのは、よくわかる。けれど、土方歳三と近藤勇との三角関係に苦しむおこうの物語に共感できなかった。よくある悲恋ものから踏みだす部分がない。ぼくは実は新撰組が苦手で、興味がぜんぜんもてないのがひとつの問題で、選者とのかみあわせが悪かったのかもしれない。
『むいてないふたり』彼の母親とトラブルを起こして、婚約破棄した三十代女性が不倫で幸福を見つけるまで。新興宗教にはまる母親が実に嫌な感じでよく書けていたが、あとは問題散見。思わせぶりでおしゃれな会話は当人しか気もちよくないと自覚するように。あの母との全面対決をねちねちと書くと、おもしろい展開になったと思うのだけど。
『おたまじゃくし』達者な文章で、子ども視点から母の恋を描く。設定は悪くない。母にはボーイフレンドがいて難病で死んでしまって……というあたりで困ってしまった。ふわふわした手ごたえで、なにがいいたいのかわからず、ぼくは乗れなかった。これはラブストーリー大賞よりほかの応募先に送ったほうがよかったのでは。
『パーティーがはじまる』在日アメリカ人の暮らしの細部が読ませる。すべて現在形の文体だけれど、離婚した父と母の思い出がメイン。恋愛小説が読みたいといって本を手にする読者が、どんなストーリーを求めているのか、一度真剣に考えたらどうだろう。この人は純文学系が好きなようだが、それならばやはり送付先が違う。
『ワリナキナカ』開始30ページでヒロインが3人の男と寝る。スピーディで感傷的な表現がなく、好感をもった。しかし折り返し点で男性視点になると、とたんに失速。今回の応募作は安易に視点の切り替えをおこなうものが多かったけれど、これはたいへんな大技で失敗の可能性が高いということに留意してほしい。ともあれ、最初の投票で完全に抜けだして、二位の倍の点を稼いだのだから、この人の実力は確か。駆け抜けるようなデビューを期待する。


大森 美香 (おおもり・みか)

読みがいのある作品が多く、じっくり楽しませていただきました。
『ワリナキナカ』は、最初は苦手な主人公かと思ったのに、読み進めていくうちにどんどん引き込まれました。女性のきれいな面だけでなく、わりきれない嫌な部分やズルい部分も正直に描かれていて、展開が読めないところもよかったです。
『おたまじゃくし』は出てくる人物がみな魅力的でいちばん心に残ったのですが、残念ながら「ラブストーリー」には該当しないと思いました。弟くんの恋模様がもっと見てみたかった。
『パーティーがはじまる』は、ぜひ一人称で読んでみたかったと思う作品。多数の登場人物を細かく描いている割には語りに客観性が感じられないからかな。題材は興味深いし、ラストは気持ちよかったです。
『むいてないふたり』は、言い訳しながら不倫している主人公たちに、最後まで共感できなかったのが残念。言葉は独特のリズムがあって、センスを感じました(「ヒ」の字とか、面白かったです)。
『禽獣』は、いままでも幾度となく物語化されている新撰組という題材を扱うのであれば、もっと読者の想像を超えるキャラクターやストーリー展開でないと、新鮮味がないように思いました。
いろんな「ラブ」の形があるなか、今年は大人らしい(?)複雑な感情を抱えた男女の恋愛が多く選ばれたようです。『おたまじゃくし』に出てくる登場人物のような、純粋でひたむきな人間たちの「ラブ」がもっと見てみたいなぁと思いました。


瀧井 朝世 (たきい・あさよ)

今年の候補作はテーマやシチュエーションもバリエーションも豊かで、楽しく拝読いたしました。
『ワリナキナカ』、大賞受賞おめでとうございます。書き慣れた人の文章で安心して読めました。奔放だけれども心は意識的に閉ざしているという主人公の複雑な心理が、一貫性を持って書かれているところが素晴らしい。不器用ではないのに恋愛を拒絶している人物造形は、恋に関心が薄い人が多いように見えるいま、興味深く読めました。男女両方の視点から描くという工夫も楽しみました。
『おたまじゃくし』は心温まるストーリーでした。ただ、この賞のテーマでもある恋愛という要素は薄かったかも。欲を言うなら、幼い姉妹の家族と、母の恋人の男性の家族の話がもう少し相互作用してくれると、味わいが増したように思います。
『禽獣』は新撰組にまつわる恋物語。非常に読みやすかったです。ただ、有名なエピソードに忠実に沿っているのでこぢんまりしてしまった感も。大賞候補として考えると、フィクションの人物を投入する、あるいはこの恋があったからこそ歴史が動いたという大胆な解釈を加えるなど、作者の創意工夫があともうちょっと見たかったです。
『パーティーがはじまる』の文体、私は好きです。現在形によるテンポのよさも特徴ですが、場面の描写が的確で、すいすい読みながらも位置関係や情景がしっかり把握できる。上手いです。ただ、長編にしては、登場人物たちに、読み手の興味を掻き立てる魅力が薄かったかも。唯一、主人公のお父さんはチャーミングで、とても好きでした。
『むいてないふたり』は切実な恋の物語。苦しい気持ちを最後まで切々と書き切っています。ただ、私にとってはまわりくどく感じる表現や、やや照れくさく感じる言葉が多く、このふたりの世界になかなか入り込めませんでした。切なさ、苦しさを、すんなり感情移入してもらうのって恋愛小説の難しいところだと思います。でも、少し文章を整理するだけでも、かなり読み心地は変わってくるのではと思いました。