第一次選考あと一歩作品詳細

『普通のしあわせの島』 桜木 雪


選評

 東京のテレビ局ディレクター・佐々木ミドリ。23歳で業界に入り7年目、29歳の彼女は何不自由ない生活を送っていたが、心の奥底には常に孤独と疑問を抱えていた。
 金にも男にも困ったことのない彼女に、ある日妻子持ちのカメラマン小村が言い寄ってくる。初めこそ相手にしなかったミドリだが、小村とプラトニックな付き合いを続けるうちに自分の孤独感を埋めてくれるのは彼かもしれないと思い、日本での生活総てを捨て衝動的にタイのバンコクへ駆け落ちをする。
 バンコクで怠惰な生活を送り嫌気がさしたミドリは自分達の未来を夢想しプーケットへと南下する。
 僅かな手持ち資金を気にしがらプーケットに根付いた生活をするため仕事を探すが、時既に遅く二人の日常は日増しに荒んでいくばかりだった。現地で知り合った貧弱なツーリストを経営するタナカに、夫婦住み込みを条件としてバンガロー経営を任され安堵するミドリであったが、元々酒癖の悪い小村は日本に残した子供への未練と貧窮の生活からミドリに対し暴力を振るうようになる。小村の暴力と貧困に耐えながら、ミドリはリゾート地での夢のような「しあわせな生活」を夢想し現実とすり替えることで日々の生活を送るのだが……
 日本人であるということで、日本という土地で暮らしていることで、ただそれだけで恵まれた環境にいると言わんばかりの内容に驚いた。対比として、海外を持ち出すのが楽だったのだろう。日本国内にも確実に貧困層が存在するが、国内でのことには目が向かない人々にとってはこのような提示の仕方も一つの方法かも知れない。そういった意味での着眼点としては面白い。
 小説の舞台を海外に置いた時点で目先が変わるため読み飽きるということはないが、主人公・ミドリの身に起きる事柄や事件はありふれており、一つ一つを取り上げると凡庸である。既に使い古された題目ばかりで独自に消化されているわけではないため、読み手に訴えてくる要素が希薄だ。

一覧に戻る