第一次選考通過作品詳細
『凛と誉』 水上 裕貴
凛が4歳の時、隣に住む同い年の誉が父の転勤のため凛の家にやってきた。以来、家族のように育つ中で、お互いに惹かれ合うふたり。そんなふたりの生活に大きな分岐点が訪れる。14歳の時、誉の父が転勤から戻り、ふたりは隣同士とはいえ別々に過ごすことになる。それがきっかけで誉は凛に対し秘密を持つ。そのたったひとつの秘密によってふたりはすれ違い、その亀裂は月日とともに大きくなっていく。
高校から大学。違う環境で生活するふたりは、それぞれの道を歩み別の異性と付き合うが、互いの存在を拭い去れない苦悶に喘ぐ。誉を忘れようとして自分を偽り日々楽しく過ごそうとする凛。凛を忘れることが出来ずに荒れ狂いながらも自分の殻に閉じこもる誉。凛と誉は、ふたりを長年見守ってきた尚吾、凛を見守ってきた先輩・俊、誉を支えた先輩・絢女達によって、自分達が封印しようとしていた気持ちに真っ向から向き合うことになる。
選評
幼少期のほのぼのとした生活や思春期の葛藤などがさらりとした口語体で語られ、自然に物語の中に入り込むことができる作品。ふたりの主人公、それぞれの目線から語られる心情は繊細で、心の移ろいを良く表現している。お互いを強く欲しながらも、たったひとつの秘密と誤解のために大きく道を外れていく様がよく描かれている。
ここまで純粋な若者がいるのだろうかと疑問に思いつつも、積極的に行動出来ない現世代特有の色合いを感じるのも確かだ。ほんの些細なことで揺れ動き流され、自分だけでは問題を解決できない主人公達は現代の象徴といったところだろうか。それと相反するように、周囲を取り巻く友人・知人達が確固たる生き様を持っている人物として描かれていることすら、将来を描くことが出来ない若者の陰画に思えてしまう。
20歳という年齢を考慮すると、伸びる要素を秘めている。心理描写や構成等の更なる向上に期待する。
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