第一次選考通過作品詳細

『ひとつだけ、たしかなこと』 弘世 武史

 たった一度の性交で麻子を妊娠させ、堕胎に至らせてしまった浩介は、麻子を守っていこうと決心する。だが麻子は彼を愛しながらも、小説を書いたりして表現の道に進みたいと願う浩介を結婚相手と思うことができず、別れることを決意。大学卒業とともに帰省する。携帯電話もパソコンもなかった1979年代の青く切ない青春物語。


選評

 上村一夫の名作漫画『同棲時代』を思わせるような作品。折り目ただしい文章で、1979年代の若い男女の恋愛の機微がみずみずしく描かれている。結婚相手としてふさわしくないという理由で浩介と別れようとする麻子の心理は、今の若者などは奇異に感じる人が多いだろう。しかし、この作品の中では見事に1979年代が再現されているので、麻子の気持ちが切実に伝わってくる。ただ惜しいのは、1979年代の物語を21世紀の世に出す意図、動機に欠けている点。例えば、2009年と1979年代を交互に描いて対比するなどの工夫ができなかったか。ノスタルジー小説なんだからこういうものなんです、と開き直れるだけの力がこの作品にあるのか、二次選考委員のみなさんの判断にゆだねたい。

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