『ピース・オブ・クロス』 村山 小弓

 東京郊外の町の商店街、親友ユリの営む小さな手芸店「フレヤー」でアルバイトをする千夏(私)は、交際していたミシン会社の営業マン石黒から唐突に別れを告げられる。その日、家庭をかえりみない仕事人間だった父が定年退職し、父の横暴に耐えてきた母はヘルパーの仕事に就き、結婚して家を出ていた姉・和代が出戻ってきた。それなりに安定していた家族のかたちが歪む不安の中で、千夏は石黒との別れの理由が思い当たらず、気持ちの整理が出来かねていた。そんなある日、石黒がホストクラブでアルバイトをしていることがわかる。しかもその上客は千夏の母? 疑心暗鬼のなか、母と石黒が思わぬ行動に出ようとしているところに遭遇した千夏は、意外な真相を知ることになった。


選評

 手芸という地味な趣味を持つ千夏を主人公に、ごくふつうの人々の少しふつうでないドラマを巧みに描いた佳作。叙事、叙景、叙情のバランスのとれた文章で、登場人物の性格もしっかり書き分けられている。
 冒頭から、恋人との別離、家庭の危機と深刻な話題が続くが、随所にユーモアをしのばせた描写と、ユリの豪快なキャラクターで中和され、全体としては温かい印象の作品に仕上がっている。

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