第一次選考通過作品詳細

『たなごころ』 大谷 りょう

 関西のある病院に臨床心理士として勤める竜介は、入院中の無口な小学生・柚月と知りあい、乞われるままに自らの青春時代を語って聞かせる。
 高一の夏、関西から関東の学校に転校してきた竜介は、言葉の違いになじめず友達を作らずにいたが、高二の春に出会った天真爛漫な和歌、気の強い咲良、温厚な理人らと友情を結ぶようになる。やがて竜介は和歌に惹かれるようになるが、いくらでもチャンスはあったのに気持ちを伝えないまま、友達以上恋人未満のつきあいをずるずると続け、ついに和歌は別の男性と婚約してしまう。竜介は、長すぎた片思いを終わらせるために意を決して和歌に告白し、その後、関東の友人たちの前から姿を消す。
 そして、現在。退院後、父親の仕事の都合で転居した柚月に会うために、五年ぶりに関東に出てきた竜介は、学生時代の友人から和歌が離婚したという話を聞きショックを受ける。さらにそこへ柚月が交通事故にあったという報せが飛び込む。動転して病院に駆けつけた彼の前に和歌が現れる。


選評

 前半は、作中の柚月の言葉を借りれば、要するに「竜介がヘタレで告白できひんって話」だが、上方言葉の緩急自在な語り口にのせられて、柚月とともに竜介のヘタレぶりに笑ったりやきもきしたりしながら、続きを知りたくなる。長すぎた片思いというありふれたモチーフも、柚月という愛らしいツッコミ役を物語の聞き手として設定したことでメリハリがついて読者を飽きさせない。
 和歌の離婚、柚月の事故、と物語が急転する後半では、前半では物語の聞き手であった柚月が大きな役割を果たす。仕組まれた「偶然の再会」は、ドラマの仕掛けとしては定石だが、柚月を媒介者とすることで過去と現在をうまくつないでいる。

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