第一次選考通過作品詳細

『ジュライ・モーニング』 相河 一

 ロックバンド「脱走者の楽園」のギタリスト・ヨシダは、武道館公演が決まってからというもの、ライブ翌日の記憶が必ず丸一日分抜け落ちるようになる。眠っている間に一日が過ぎて、部屋に見知らぬ男の死体が置き去りにされているなど、悪夢のような出来事が続く。
 そんななか、ヨシダはかつて共に暮らして心の支えだった先代ヴォーカリストの千波に会いたいという思いを強めていくが、彼女は失踪後、新興宗教の教祖になって峠の奥地に住んでいるという噂であった……。


選評

 リズミカルな文体でテンポよく進んでいく物語は、解散を経て復活したバンドの内情や、個々のキャラクターの生活感を描き出しながら始まる。再結成したバンドの絆について語られるのかと思いきや、転がる死体や理不尽な暴力など、不穏な出来事が立て続けに起こる。
 脱退したヴォーカルの熱狂的ファン、ヨシダと結びつきながらもそれぞれに隠された理由で彼を利用しようとしている周りの者、そしてヨシダにも平等に破局が訪れる。しかし、破局の一瞬前に、ヨシダがもっとも望んでいた形で千波が出現するシーンまでの物語の疾走感、その後の切ないエピローグは強烈な印象を残した。
 冒頭、来る武道館公演をメンバーが語る場面での「俺は、その瞬間を楽しみに待ってるんや」という登場人物の言葉の効果を刻みつけられる描写だった。

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