第一次選考通過作品詳細
『あなたに伝えたい』 迫雅 宏美
78歳の清は、仕事をリタイアした後、妻の和子と暇を見つけては国内旅行に出かけるという悠々自適の生活を送っていた。そんな生活を送っていたある時、清は大量に吐血をし、急遽入院することになる。その数週間後、無事に退院した清は、和子の提案をうけて、退院祝いも兼ねて旅行に出かける予定を立てた。そして、清と和子のふたりは、『あの頃君は若かった』という名前のツアーに参加することになった。
手荷物に「若い人が着るような服」を持ってくることを条件とするこのツアーに参加し、目的地への到着をバスの中で眠りながら待っていた清と和子は、目を覚ますと代々木公園におり、そして目の前に10代のころに若返ったお互いの姿を発見するのだった。
どういうわけか若返った清と和子は、新鮮な気持ちで若返りを楽しみつつも、街で偶然に自分たちの孫兄妹と出会ったことをきっかけに、娘夫婦とも巡り合い、清と和子に対する家族の愛、そして清と和子の間の絆と愛を再発見していくことになる。
選評
清と和子という高齢者カップルを物語の主軸に据えてはいるものの、娘夫婦や孫兄妹が物語に積極的に関与することによって、様々な世代の恋愛観や人生観が物語の中に反映され、様々な観点から物語を楽しむことができるようになっている。物語中で重要な役割を果たす「若返り」についてはとくに細かい設定は説明されず、それがやや物語の現実感を薄めてしまっている印象も否めないが、物語全体の流れや構成からすれば、そうした説明不足は些細な欠点にすぎない。「若返り」という物語における仕掛けを用いて三世代の心の交流を見事に描き出すことに成功しており、所々に盛り込まれたユーモアも楽しく、読了後の感動は味わい深かった。
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