第二次選考通過作品詳細

『七番街ストーリー』 野々瀬 康介

シッポのある人間の国に迷い込んだごく普通のサラリーマン一角。一角はその街「スルガシティ」で一般市民として生活を始める。婦警のマリーと恋に落ち、「おとなりさん」などの仲間も出来順調に生活が続くかのように思われた中、奇妙な事件が起こり始める。その事件に既視感を覚えた一角は、彼がこの世界に迷い込んだときに持っていた一冊の本に関係していることに気づく、所持品は一度検閲を受けており、誰かが呼んだ可能性がある。暴力をメインとする近未来小説を、現実に模倣しようとしているのか? やがて、平和でのどかなこの国に暴力を持ち込もうとする集団と、それを防ごうとする集団があらわれる。前者に一角の恋人マリーが誘拐された場所には、ゼロ戦の姿が! 一角の活躍により、誘拐事件は収束するものの、一角は謎を追い、この世界に先に迷い込んだ人間の素性を調べることに。その一人の老人に会いに来ていた人物である物理学者から経緯を知った一角だが、唐突にもとの世界に帰還することに。満足な別れも出来ないまま、元の世界に戻った一角は、そこが暴力に溢れた醜い世界にうつり、スルガシティを懐かしく思う。「二つの世界が融合するには、時期尚早なのです」という物理学者の言葉が、胸に重くのしかかる。そんなある日、「おとなりさん」により、マリーからの手紙が届いた。


選評

 『七番街ストーリー』は、ごく一般的な生活を送るサラリーマンが「スルガシティ」というユートピアに迷い込むという、フィクション性の高い作品です。
 「ファンタジー的要素のあるSFエンターテイメント作品として楽しめた」(石田)、「応募作品の多くが日常に起こる出来事を描いているのに対して、この作品は、まったくの絵空事(フィクション)を堂々と描こうとしていた志が買える」(梅村)、「異次元世界を描ききったパワーはすごい」(潮凪)といった評価がありました。
 その一方、冒頭の部分で全体の4分の1くらいの長さに相当する「劇中小説」が差しはさまれることで、「興がそがれる」(坂梨)、「もっと練りこんだものにすれば、さらに楽しめたはず」(稗田)といった意見も多く、構成に関しては評判がよくありませんでした。600枚という規定枚数をわずかにオーバーしている点についてもマイナス評が多く、一度書いた原稿を再検討し、ストーリー展開に邪魔な部分や読者が読みにくいと感じるだろう部分を削りに削る「推敲の技術」を問う声が多かったのは残念なところ。
 また、男女の恋愛を描くラブストーリーとしての完成度についても物言いがついたところで、「主人公とヒロインの恋愛の推移がきわめて漫画チックで単純。恋というものの戯画化だととらえて楽しんだが、その試みがそれほど成功していると感じられなかったのは残念」(梅村)といった意見もありました。恋愛をあえて陳腐に描くなら、ただ陳腐に描くのではなく、その陳腐さの意味や意図を計算して描かないといけないということでしょうか。
 全体的には「文明批評と娯楽性をバランスよく結びつけた作品。ひと昔前のユーモアSFの雰囲気があって懐かしかった」(広坂)といった好評価もある作品なので、題材のもつテーマ性やストーリーが読者にストレートに伝わるものであれば、評価はもっと高かったはずです。
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