第二次選考通過作品詳細
『扉の向こうへ』 戸倉 千鶴子
日系アメリカ人で若き優秀な外科医、一ノ瀬は、最愛の女性と死別し、その悲しみの中で無意識に死を欲していた。一方、その一ノ瀬を大阪で通訳エスコートすることになった日本人女性亜樹は、自分でも気づかない特殊な能力で、その悲しみを察知。貧弱な医療に苦しむミャンマーでボランティア活動をする一ノ瀬についていって、彼の心を開くまでの物語。
選評
『扉の向こうへ』は、悲しみによって心を閉ざした医師が、人を癒す能力を持つ女性によって救われるという作品です。他の作品と同じく、「よい部分はあるが、しかし……」と賛否相半ばする意見が多く見られました。
「主人公が愛している女性が双子の姉だったり、人の心が読める女性が主人公の抱える心の傷を癒したり、と、奇抜な設定が面白い。が、その奇抜さをうまくまとめることに成功していないので、全体的にリアリティを欠いているように感じる」(高嶋)、「文章がとても理知的で、硬質なテイストの作品に仕上がっている。死や別離の苦しみを抱いたまま、それを浄化し、先に進むというテーマにも共感したが、主人公の造形が薄いと感じた。死別した双子の姉を愛する男にしては、その葛藤などの書き込みが弱く、薄っぺらな人物のように思えてしまった」(梅村)。
また、村上春樹の短編集『神の子供たちはみな踊る』の中の一編にモチーフが似ているという指摘もありました。文体が既成の作家に影響され、似通ったものになるという傾向はよく見られますが、中でも村上春樹作品の影響は大きく、今回の応募作品の中にも多くの村上チルドレンを見かけました。既存の作家に文体が影響されるのは当然のことで、それがいい方向に働けばいいのですが、この作品のようにモチーフにも類似点が認められる場合にはどうしても点が辛くなってしまうようです。
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