第一次選考あと一歩作品詳細

『浮島』 錦糸帖 始


選評

昔ながらの大衆文学を思わせる、高級クラブのホステスとして生きる女性の生き様を描いた作品。途中のドライブによる信州へのデートシーンは、安曇野近辺の情景が目の前にありありと映し出され、それだけでまるで紀行文学のようだ。そして、途中のお茶屋遊びのシーンもまた、情感とリアリティが溢れる描写となっており、作者の深い人生経験に裏打ちされたリアリティ溢れる文章が物語全体を貫いている。物語は昭和30年代から始まり、60年代になって終わるが、その間の時代描写や街の移り変わりの様子なども、作者の鋭い観察眼と丹念な描写によって、とてもリアリティある記述となっている。恋愛小説としての筋立てとしては、ホステスの美千子と客の男性との関係を描くといったものだが、今この時代という観点から見ると、どこか時代がかったような展開に思える箇所も所々ある。しかし、それはどこか懐かしさを覚えるような展開でもあり、この点は、かつての大衆小説の伝統を受け継いでいるものとして、肯定的に捉えることもできるだろう。ただ、その反面で、この作品にはどこか既視感がつきまとってしまうという欠点が生じてしまうことになり、この作品にとっては、それこそが最大の難点だと言えるだろう。

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