第一次選考通過作品詳細

『一秒でも長く君と同じ世界にいたい』 かわなべ かろ

主人公・松田シロが、ある朝目覚めると、そこは砂漠の真ん中だった。呆然とする彼の前に空から電話ボックスが降ってくる。外界との接点はこの電話ボックスのみ。119番にかけても相手にしてもらえない。とまどっていると電話が鳴った。電話をかけてきたのは、シロ同様、気づいたら突然、大海原に浮かぶボートに一人で乗っているという女性。二人は互いの置かれた状況を話し合い、なんとかこの悪夢から脱出しようとする。何度目かの119番とのやりとりで、シロは自分が死んだことになっている、それもセックスフレンドの浜本キリに刺されてのことだと知らされる。砂漠の中の電話ボックスに閉じこめられた主人公が、電話という唯一のツールを使って不条理な状況の謎を解こうとする姿を描く「砂漠の王」というパートと、浜本キリとの過去が回想される「記憶の僕」というパートが交互にあらわれ、全体像を形づくる。物語の進行とともに、セックスだけの関係として割り切ろうとするシロとあくまで彼を愛そうとするキリとの葛藤、シロが犯罪を犯していたこと、上司・大木との確執などが徐々に明らかになる。シロを刺したのははたしてキリなのか、なぜ、このような不条理な状況に投げ込まれているのか、わずかな手がかりをもとに苦悩するシロは、やがてキリへの愛を自覚するが、すべての謎が明らかになったとき、死か、絶望的な生か、という究極の選択を迫られることになる。


選評

愛を知らないニヒリスティックな青年の、愛への冒険を描く現代の寓話。不条理文学のようなテーマと設定だが、ドライでテンポのよい文体とリアルな情景描写、謎解きの興味で飽かせずに読ませる。回想シーンに出てくるキリ、携帯電話をかけてくる女、小憎らしい元上司・大木など、登場人物にも存在感があり、作品世界をしっかりと支えている。ラストはいわゆる夢オチのヴァリエーションなのだが、愛の本質を問うテーマを鋭く打ち出すクライマックスがあるため違和感がなく、むしろシロの最後の選択の行方について、読み手の想像力を刺激する。とまどいはあるが、フィクションの力を信じた奇想に賭けてみたい、と思わせる。

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