第二次選考通過作品詳細

『緩やかな風が吹く街で』 鳴沢 薫

出版社の編集者・北野みずきは、9年付き合った恋人の洋平から「別の女性と結婚する」と別れを告げられる。ショックを打ち消すための夜のドライブでたどりついた埠頭でみかけたサックスホーン奏者沖瑛二に数ヶ月後再会するが、彼は耳が聞こえなかった。最愛の妻を失い隠棲する絵本作家でもある瑛二にどうしようもなく魅かれるみずき。とまどいがちに彼女に接する瑛二とみずきはやがて結ばれる。しかし、瑛二の亡き妻に対する思いを目の当たりにして、彼女と瑛二の間には亀裂が生じる。バックパッカーのベッキーと一緒になった洋平は、瑛二とみずきも一緒の奇妙な関係を経た後、ベッキーが黒人の子を生んだ裏切りに耐えられず自殺する。自責の念からみずきは一度は瑛二との別れを決意するが、心身をボロボロにした彼女を救ったのも、結局は瑛二への思いであった。瑛二も自分を変えようとしていた。絵本コンクールで入賞した瑛二は、取り戻した自分自身の声でみずきにプロポーズするのであった。


選評

『緩やかな風が吹く街で』は、心を閉ざした耳の不自由な男性を、ヒロインが愛の力で立ち直らすというストーリー。コミュニケーションに「障壁」を抱えたカップルがそれぞれに分かり合おうと苦闘する設定に共感を覚えたという意見も多く、作品の完成度は多くの委員が認めるところでした。
 が、その一方で取材の甘さを指摘する意見もありました。「主人公の勤務先である出版社があまりに美化され過ぎている。そこで働く編集者もブランドもののスーツを着込んだバリバリのキャリアウーマンとして描かれているが、実状とかけ離れている」(広坂)。また、耳の不自由な男性の設定にも、「生まれながらの障害者と、事故などで後天的に聴覚を失った人との混同が見られる」という重大な問題点が指摘されました。「そのために、男性がなぜ言葉を発せず、手話も使わず、筆談のみでコミュニケーションをとっているのかという物語の鍵に共感できなかった」(坂梨)
 「起承転結のきちっとした小説らしい小説」(広坂)という評価があるだけに、その点は非常に残念です。フィクションを成立させるためには細部のディテールも重要な要素。登場人物のディテールを描くには、同様の職業や境遇の人に取材するのが理想で、実際、プロの作家の多くはそのようにして細部にこだわっています。新人作家には難しいことかもしれませんが、少なくとも執筆する前に関連書籍に数冊目を通すなどすれば、この問題は簡単にクリアできたのではないでしょうか。残念です。
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