第二次選考通過作品詳細

『プッチ』 林 由美子

会社経営者の2代目、市川春哉は、父のために好きでもない女と結婚しようとしていた。それまで付き合っていた美耶子にも別れ話をした直後、得体のしれない病にかかって透明人間になってしまう。全裸のうえ、誰にも見えない体になってしまった春哉が生きていくためにたよった先は美耶子のもと。人に必要とされれば、たとえ相手がブ男であろうとその愛に応えてしまう性格の美耶子は春哉を保護する。そんなある日、美耶子は勤め先の上司、宮沢に求愛される。春哉は、体が透明であることを生かして宮沢を内偵し、彼が美耶子にふさわしい相手であることを判断。美耶子に「宮沢と──幸せになれ」と言い置き、美耶子のもとを去っていく。美耶子はその後、春哉の子を妊娠し、生み育てることを決意する。なぜなら春哉は、ずっと以前、幼いころから美耶子を知る人物であり、彼が透明人間になる前から守られていたことを知るからだ。


選評

『プッチ』は、透明人間になってしまった男が、愛する女性のために奮闘するという奇妙なラブストーリー。スタイリッシュな文体と、テンポのいいストーリー運びには文句なく評価が集まりました。映像喚起力も素晴らしく「映画館で主人公がどんどん透明になっていく場面は、映像作品として見てみたいと思った」(潮凪)、「透明になった男性が、プッチという指人形を手にしながら菜箸でカレーを作るシーンでキュンとした」(高嶋)と評価される一方、結末に致命的な欠陥があるという点で委員たちの意見は分かれました。
 それは、最後に用意されたどんでん返しとも言える結末部分の説明が不十分で、「透明人間はまったくの別人だった」という解釈と、「透明人間になった男の素性は、ヒロインが思っていたものと別のものだった」というふたつの解釈が成り立つということ。これについては、「どんでんがえしを狙った結末によって、ストーリーに明らかな矛盾が生じている。このような致命的欠陥を持った作品を通すべきではない」(坂梨)という意見と、「それではあまりにももったいない」という意見が衝突し、選考会は紛糾しました。この問題は、決して簡単に解決できる問題ではなく、それ棚卸しにするのは気が憚られましたが、それ以前に大きな魅力を持った作品であることには間違いなく、第三次選考以降の選考委員に判断をゆだねるということになりました。
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