第一次選考通過作品詳細

『哀色の海』 坂野 一人

病院に栄養士として勤務する琴江には、真面目な銀行員の恋人・仲里がいたが、親友の元彼で画家の津上に惹かれていく。創作活動に専念するため、故郷の信州 に移住した津上のもとに向かう琴江。二人は一緒に過ごすうちに、相性のよさ、価値観が合うことを確信したものの、琴江は海のない山に囲まれた土地に違和感 を覚える。強引なところはあるけれど、自分を必要している仲里と、そのままの自分を受け入れてくれる津上との間で揺れる琴江。そして、娼婦だったと思われ る琴江の母を恨んでいた祖母の死の直後、琴江は銀行員の仲里か津上のどちらかの子を妊娠していることに気づく。仲里とも津上とも別れ、堕胎する決心をした 琴江だったが、津上はすべてを受け入れ、自分の住む故郷の海の町へ来てくれた。


選評

「心の娼婦と身体の娼婦」という価値観のあり方、「女が母から受け継ぐもの」、「帰れない男、抜けだせない女」、「海=女(波音)、山=男(山の姿)」と いうキーワードをもとに、対照的な男女の、それぞれの恋愛観を深く探っている作品。琴江が本物の恋に出会うことで、母と祖母の確執、友人との価値観のず れ、自分が背負っているものと求めているものが何なのか、答えを見つけていく自分探しの物語ともいえる。昭和の雰囲気漂う古風なヒロイン・琴江の出生の秘 密、予期せぬ妊娠など、千葉の海を舞台にドラマチックな展開を見せる。郷愁を感じさせる情緒豊かな文章も魅力。

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