第一次選考あと一歩作品詳細

『あなたを乞う。』 水城 一花


選評

突然の事故で母の依子と死別したひとみは、ある日偶然、依子の恋人と名乗る青年、ヨシミツに出会う。ヨシミツが母の面影を自分に見ているのを知りつつ、ひとみはヨシミツと同棲する。一方、ヨシミツは、幼いころに母親が乳飲み子の弟を殺している場面を目撃し、心の中に空洞を感じている。両親はその事故がもとで心中してしまった。さらに、ヨシミツの口から、父が浮気をしていた事実を知るひとみ。実は父は浮気をしていたのではなく、交通事故で死んだ親友の妻で、アルツハイマー病によって記憶を失った女性と会っていたのだ。さまざまな事実を知らされたひとみは、ヨシミツとともに生きていくことを誓う──。力作である。死と愛の意表をつくカクテルに酔った。だが、酔いからさめてみると、いくつかの齟齬が気になってしまう。例えば、ヒロインのひろみが、死んだ母の恋人ヨシミツに「偶然」出会うところ。部屋を去ったヨシミツが「偶然」海にいることをつきとめるところ。家出をしたひろみが、町中で「偶然」父親と会うところ。数え上げればこの物語は、多くの「偶然」で成り立っている。小説だからこそ、こうした「偶然」は起こるとも言えるが、優れた小説は「偶然」を「偶然」と感じさせない説得力があるものだ。少なくともこの作品の中では「偶然」が物語の展開を端折るためのものとしてしか機能していないように思われる。また、ヨシミツの両親、父親の親友など、おそらく物語の重要なファクターであろう人物が、主人公の前に一度も登場せず、会話の中でしか登場しないのも難がある。多くの小説の読者は、登場人物のひとりひとりに感情移入するからこそ、物語に没頭することができるのではないだろうか。「母の恋人を愛してしまったひとみ」、「失った母への強烈な思いを捨てられずに苦しむヨシミツ」、「親友の妻に愛されたひとみの父」という、主人公が別の3つの物語を、無理矢理ひとつにつないでしまうストーリー構成にも難がある。これら3つの物語は、別々の連作短編としてまとめたほうが、小説としての完成度は高くなるはずだ。すでに相当な筆力をもった作家に起承転結、序破急、など手垢に満ちた方法論をアドバイスするのはおこがましいが、もう一度、ストーリーテリングの手法を再考し、どのように物語を組み立てれば読み手の感情移入をうながし、心を動かすことができるかを計算してほしいと願う。第1回の応募作も読ませていただいたが、この作家には「死んだ人物の思い出を共有する、立場の違う男女の恋愛」というモチーフが、書かずにはおられぬ強烈なものとして心にあるように思われる。その思いが傑作を生む可能性は大いにあると思う。今後の活躍に期待したい。

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