第一次選考通過作品詳細

『レインボーエッグ・レインボーフラッグ』 水倉 悠

あるとき、東京は青山にある新興のデザイン会社「クローバー」に、社長である周藤守の恋人・海王純が社長代行として訪れた。周藤は、自分と純の兄のような存在である橘啓二郎の看病のため京都へ出掛ける ことになったのだが、その間会社の面倒を見るように純に託したのだ。「クローバー」は、会社としてはまだ未熟であったが、純が社長代理として加わることで、急速に一人前の企業としての体を成していくことになる。そして、春江・夏美・秋子・真冬といったクローバーのスタッフたちも、次第に純に対して心を開いていくことになり、また純の人柄に惹かれていくこととなる。しかし純には、人には言えない体の秘密があった。また、純には美樹という姉がいるのだが、その美樹の恋人こそは、京都で病を患っている橘啓二郎だったのだ。橘は美樹と関係を結んでしまったがために、海王家にまつわる「呪い」によって病に冒されることになったのであった。周藤が京都へ赴いたのは、その海王家の血の秘密を解くためでもあった。一方、「クローバー」では純をめぐって女同士の激しい感情の応酬が続いていた。仕事上で目覚ましい活躍を見せる純に、スタッフはそれぞれに惹かれるようになっていたのだ。そんなある日、クローバーのスタッフの一人・真冬は海王家の秘密を知ることになる。そして、その秘密を知った「クローバー」スタッフたちは、純に対する感情の高ぶりを抑えることができず、身の毛もよだつような計画を実行することになる……。


選評

ひとつの小説の中に、一般的な恋愛小説の要素から、伝奇小説の要素、あるいはサスペンスや犯罪小説の要素までもが入っていながら、それらが見事に融合して、ひとつの作品として完成している。伝奇小説風の設定に基づいて展開される物語と、織りなされる人間関係。それらを作者は見事なまでに丁寧に描き出していく。物語中、余分な登場人物は一人として存在せず、すべての登場人物が作中において生き生きと描き出される。そしてまた、数々のエピソードにもまた無駄がなく、それらのエピソードを通して登場人物たちの人間模様が鮮やかに描かれていく。こうして丁寧に描き出された人間関係は、次第に緊張感を増しながら、その後に生じる怒濤のようなクライマックスを準備するのだ。このクライマックスの艶めかしさと緊迫感は並々ならぬものがあり、この箇所だけでも犯罪小説の一種として存分に楽しめる。本作は、100パーセントの恋愛小説というよりかは、伝奇小説や犯罪小説などの要素が多く含まれた、複合的なエンターテインメント小説だと言える。とはいえ、物語の主軸を為しているのは、あくまでも主人公とその恋人との関係性なのだ。そしてその関係性を中心軸としながら複雑に絡み合ったストーリーが展開されていくのであり、それら複数のストーリーラインを一つの物語としてまとめ上げる作者の力量に感嘆するばかりだった。数多くの恋愛小説がある中、本作は「小説」としての完成度において抜きんでている。恋愛というテーマを主軸としながらも、小説としての質の追求を放棄しない姿勢を高く評価したい。

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