第一次選考通過作品詳細

『楽になれる場所』 未生 かりん

ジムで水泳のインストラクターをしている豊崎俊は、子どもからも保護者からも人気のインストラクターであり、多くのクラスを受け持っていた。しかし、俊本人はそのような人気があることについて、素直に喜べないでいた。ある日、朝起きると俊は奥歯に激痛を感じ、その日の予定をキャンセルして歯医者に行くことにした。そして、歯医者の院内でスイミングスクールの生徒の母親・廣瀬咲と出会うことになる。咲と俊はちょうど帰りが一緒になり、咲の要望を受けて俊は咲を市役所まで送り、そして一緒に昼食を食べることになった。歯医者に行ったその日に予定されていたスケジュールとは、俊の恋人・有美へのプロポーズであり、有美の両親への挨拶だった。俊は後日またすれば良いと考えていたが、有美は予定がキャンセルされたことを機に俊との付き合いを考え直し、別れを決心してしまう。一方、俊は有美と別れたことを親友の涼太に打ち明ける。涼太は俊にとっては常に憧れの対象であり、どのような相談にも的確に答えてくれる頼りになる友人であった。俊は、その後、別の友人・琢巳が用意した合コンに参加し、涼太の家庭教師の教え子であった早苗と知り合うことになる。早苗は俊に好意を寄せるが、俊は積極的に早苗を受け入れることができないでいる。そのように人間関係が回っていく中、俊は咲との出会いを重ねる。咲は既婚者であったが、どうやら夫婦仲はあまり良くなく、そのような事情を知るにつれ俊の中では咲に対する想いが大きくなっていく。だが、俊は一線を越えることができず、かえって咲を傷つけてしまうことになる。そして、その後咲の娘はスイミングスクールを辞めてしまう。咲はその後小学校の事務員の仕事を始めることとなるが、そこで咲は、教師として転任してきた涼太と知り合うことになる。涼太は咲と話すことによって、癒されるようになり、涼太もまた俊と同じように咲に惹かれていく。そんな矢先、涼太が交通事故を起こすことになる。それは車同士の衝突事故だったのだが、涼太の車が衝突したのは、咲の夫が乗った車だった……。


選評

多くの恋愛小説の場合、主人公とその恋人が物語の中心で、それ以外の登場人物――たとえば主人公の友人や恋人の友人――は、恋の相談役もしくはライバルとして登場し、すぐに消えていくというパターンが多い。それらの登場人物は、主人公たちの友人であるにもかかわらず、いてもいなくてもいいような扱いしかされないことが多いし、概して作中における存在感が薄い。単なる脇役としか考えられていないことも、多々ある。けれど、実際の恋愛を考えてみた場合、友人の存在というものは予想外に大きいものだということに気づくだろう。なにも世界は自分と恋人だけで構成されているのではないのだし、恋人との関係の外に支えが必要な場合だってある。――けれど、こうしたリアリティというものをきちんと描くことができている応募作というのはほとんどなかった。多くの作品は「わたし」と「あなた」の関係しか(あるいはその関係すらも)描けておらず、物語においてもこぢんまりとした世界が描かれるだけのものが多かった。その点、本作においては恋愛以外の友人関係というものがしっかりと描かれ、またその友人関係が物語中において重要な役割を果たすことになる。こうした他の作品には見ることができなかった視点と、それにもとづいて綿密に構成される物語が、本作におけるもっとも評価できる点だ。本作においては、恋愛関係と友人関係という二つの人間関係が物語を主導し、それぞれが最終的に交錯していくことで劇的な展開を導いていくことになる。作者による関係性の描写は、恋愛関係と友人関係それぞれにウェイトを置きつつ、それぞれを丁寧に描き出していくことになる。同性同士の友人関係と、異性間の恋愛関係のどちらが優先されるべきなのか、というテーマ自体は古典的なものだと言えるが、それを小説としてきちんと描く作品というのは案外少ないのではないか。この難しいテーマを、丁寧な関係性の描写によって丹念に描いていく作者の力量と能力に、唸らずにはいられなかった。

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