第一次選考通過作品詳細

『プッチ』 林 由美子

会社経営者の2代目、市川春哉は、父のために好きでもない女と結婚しようとしていた。 それまで付き合っていた美耶子にも別れ話をした直後、得体のしれない病にかかって透明人間になってしまう。全裸のうえ、誰にも見えない体になってしまった春哉が生きていくためにたよった先は美耶子のもと。 人に必要とされれば、たとえ相手がブ男であろうとその愛に応えてしまう性格の美耶子は春哉を保護する。 そんなある日、美耶子は勤め先の上司、宮沢に求愛される。 春哉は、体が透明であることを生かして宮沢を内偵し、彼が美耶子にふさわしい相手であることを判断。 美耶子に「宮沢と──幸せになれ」と言い置き、美耶子のもとを去っていく。 美耶子はその後、春哉の子を妊娠し、生み育てることを決意する。 なぜなら春哉は、ずっと以前、幼いころから美耶子を知る人物であり、彼が透明人間になる前から守られていたことを知るからだ。


選評

余計なものが研ぎ削がれたスタイリッシュな文体で、読み手をぐいぐい引っ張っていく手腕に脱帽。 登場人物のキャラクター設定やセリフも秀逸だ。 道具立ては古いが、ストーリー運びには新味があり、古くさい感じはしない。 例えば透明人間という題材は、ウォール街の証券マンが主人公の『透明人間の告白』(H・F・セイント)が先行してあり、そちらが国家組織を敵にまわした逃 亡小説だったのに比べて、こちらは存在を消去された主人公が、残された恋人の幸せのために奔走するという映画『ゴースト』のような筋立てになっている。 姿が消えた(透明になった)ことで、逆にお互いの秘密や弱みが見えてしまうパラドキシカルな設定は、やたら冗長な先行作品よりもピリリと小粒な味わいが あってよい。 ちなみに、この作品の題名「プッチ」とは、美耶子が少女時代、製菓会社の懸賞に選ばれたお菓子のキャラクターの名前で、透明になった春哉がプッチの指人形 を手にして美耶子と会話をするところから来ている。 ラスト、その製菓会社の御曹司が、春哉だと暗示する記述があるが、(あるいは透明になった製菓会社の御曹司が女癖の悪い春哉と入れ替わったのか?) 説明不足のためか、はたまたわざとぼかしてあるのか、その関係性がうまく読み手に伝わらないために残尿感が残る。 ここをうまく処理し、書きなおせばかなり完成度の高い小説になるはずで、その点のみは、とても惜しいと思う。

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