最終審査講評
柴門 ふみ Saimon Fumi / 作家・漫画家
『守護天使』 上村 佑
中年男と女子高生。この組み合わせでありながら、純愛。しかも、下心一切無しの無償の愛。
展開もスピーディで、謎を散りばめて読者をぐいぐい物語りに引き込んでゆく構成のうまさにも感心しました。
何より、登場人物が魅力的です。主人公は頭が薄く太った五十歳のダメ男。にもかかわらず、キャラとして好感が持てます。仕事でも家庭でもダメダメな男なのだけれど、人間としての優しさや品格をちゃんと持っている男だから、女性の読者もキチンと彼を応援してあげたくなるのです。
ギャグ部分も的を射ていて、充分笑えます。
ただ、主人公が騎士(ナイト)として守り続ける女子高生がリアリティーに欠けていて、そこがラブストーリーとしては弱いように思えました。
エンタテイメント小説としては、完成していると思いましたし、このレベルで次々と作品の書ける方でしょう。
『一秒でも長く君と同じ世界にいたい』 かわなべ かろ
映画的な作品だと思いました。私は「マトリックス」と「フォーンブース」を連想しました。
非日常な設定から、主人公がなぜ自分がこの状況に置かれているのかを謎解きしてゆく展開は、物語としては大変面白かった。
仮説を立てたり、自分の過去の記憶を探ったり。その過程で読者は、主人公が何者であるかを知ってゆく構成なのですが、主人公が誰も愛せない孤独な男というのは許せても、主人公が親殺しの悪人だとわかって、気持ち良くなる読者は少ないのではないでしょうか。しかも肝心の、親殺しの動機と手法がちゃんと描かれていないので説得力が急に失せてしまいました。そこまでは、ハラハラドキドキしながらとても面白く読めていたのに、残念です。
119番をかけると出てくる電話の男は、憎たらしくてなかなかいいですね。
『カルナ』 長月 雨音
本格的な小説だと思いました。
医師を志す医学生隆史と、元医師で現在は認知症となっている源次郎との「カルナ」に対する抽象的問答は、興味深いテーマでもあり引きずり込まれました。
「哀しみ」を擬人化して、それを科学的にアプローチする試みは面白い。いまひとつはっきりわかりませんでしたが、読者に考えさせるための仕掛けならば、それで成功でしょう。
まずテーマありき、でエピソードを後づけしたような印象を受けるのは、隆史と中国人留学生の悲恋が詳しく書かれていないからだと思います。医学生仲間との会合や、サッカー試合の部分を削ってでも、恋愛部分を書いて欲しかった。
筆力のある作者な方だけに、そこが惜しいと思います。
それと、失恋くらいで自殺されては、お母さんが可哀想すぎます。と、お母さん世代である私は感じました。
『夏の雪兎』 高田 在子
三十代前半の女性。高望みもせず慎ましやかな幸福を願っていたのに、ある日暴力的運命によって未来への希望を奪われてしまう。
この主人公に同情と共感を寄せながら、読者はスンナリと物語に溶け込んでゆけます。「ひょっとしたら、あたしもこうなっていたかも」と思わせる、上手な設定だと思います。
会社をやめたい、やめようと思いつつも踏ん切りがつかないOLの心情も、リアルに伝わってきます。
けれど、主人公の恋愛相手の児童文学作家が登場したとたん、作り話めいてしまうのは何故でしょう。カッコ良くてモテモテで、でもちょっと陰がありそうで、というのがあまりに現実にいない(物語りめいた)キャラクターだからでしょうか。
OLをやめて家政婦になる、という流れは自然で面白いと思うのですが、物語りの前半と後半が分断されている気がします。分けて二つの話にしてしまうこともできたのでは。
『style』 広木 赤
作者が現役の高専生らしく、高専生の日常描写はリアルです。そして、十九歳でこれだけ密度の濃い世界を書けるのは才能だと思います。
特筆すべきは、女の子を描くのがウマい。作者は女性ではないかと思うくらい、女の子二人がじゃれ合うシーンにはドキリとさせられました。主人公と結婚することになる店長さんも、いい感じです。
ただ、五十歳の私には「今の高専生てこんな生活してるんだ」と、新鮮な驚きで読めましたが、一般の読者にとっては事件の起きない若者の日常の描写が延々と続く話をどれだけ読み続けることができるでしょうか。
キラリと光る表現が随所にありながらも、「かわいい」という言葉が多用されている点も気になりました。「かわいい」という言葉を使わずに、かわいらしさを伝えて欲しかった。
青春小説としては楽しめました。