第一次選考通過作品詳細

『七番街ストーリー』 野々瀬 康介

シッポのある人間の国に迷い込んだごく普通のサラリーマン一角。一角はその街「スルガシティ」で一般市民として生活を始める。婦警のマリーと恋に落ち、「おとなりさん」などの仲間も出来順調に生活が続くかのように思われた中、奇妙な事件が起こり始める。その事件に既視感を覚えた一角は、彼がこの世界に迷い込んだときに持っていた一冊の本に関係していることに気づく、所持品は一度検閲を受けており、誰かが呼んだ可能性がある。暴力をメインとする近未来小説を、現実に模倣しようとしているのか? やがて、平和でのどかなこの国に暴力を持ち込もうとする集団と、それを防ごうとする集団があらわれる。前者に一角の恋人マリーが誘拐された場所には、ゼロ戦の姿が! 一角の活躍により、誘拐事件は収束するものの、一角は謎を追い、この世界に先に迷い込んだ人間の素性を調べることに。その一人の老人に会いに来ていた人物である物理学者から経緯を知った一角だが、唐突にもとの世界に帰還することに。満足な別れも出来ないまま、元世界に戻った一角は、そこが暴力に溢れた醜い世界にうつり、スルガシティを懐かしく思う。「二つの世界が融合するには、時期尚早なのです」という物理学者の言葉が、胸に重くのしかかる。そんなある日、「おとなりさん」により、マリーからの手紙が届いた。


選評

 シッポのある人間の国というファンタジーの世界。「スルガシティ」での生活の細部にユーモアがあり、仮想の世界の政治経済を、簡潔なエピソードで理解させる筆力はなかなか。人物造形に関しても、恋人マリーをはじめ、魅力溢れる登場人物により、物語に引き込むのに一役買っている。なかでも、「おとなりさん」という未知の生物がいい味を出している。暴力というテーマを少しだけ出しているが、物語を転がすためにあるようで、消化しきれていない感はある。残念な部分は、作中作のハードボイルド小説。もっと練り込んだものにすれば、さらに楽しめたはず。

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