第一次選考通過作品詳細

『扉の向こうへ』 戸倉 千鶴子

日系アメリカ人で若き優秀な外科医、一ノ瀬は、最愛の女性と死別し、その悲しみの中で無意識に死を欲していた。一方、その一ノ瀬を大阪で通訳エスコートすることになった日本人女性亜樹は、自分でも気づかない特殊な能力で、その悲しみを察知。貧弱な医療に苦しむミャンマーでボランティア活動をする一ノ瀬についていって、彼の心を開くまでの物語。


選評

まず、一ノ瀬と亜樹の一人称を交互に繰り返す語り口がうざい。一ノ瀬が愛する女性というのが「双子の姉」という設定も異常で不自然。亜樹が「人の心を読み、またその声によって人を癒す」という特殊な能力をミャンマーの土地で自覚したあと、一ノ瀬へ「治療」をほどこす手段や展開が強引で乱暴。さらにはラスト、一ノ瀬の過去の恋人が突然やってきて一ノ瀬をナイフで刺す場面、その犯人の父との会見の場面が丁寧に描かれておらず、強引で乱暴。亜樹にその能力を気づかせるミャンマーの老婆が、2度目にしゃしゃり出てきてミャンマーの悲惨な医療体制を訴える場面がわざとらしい。一ノ瀬が悲しみから閉じこもっている「心の中の部屋」の描写が中途半端。などなど。数々の欠点がありながらも、この作品は素晴らしい。悲しみから心を閉ざす、村上春樹的な一ノ瀬という人物を、亜樹という特殊な能力を持つ女性が救うという設定が何より魅力的だ。死に満ちた物語でありながら、その死ひとつひとつに意味があり、それが深いテーマ性を与えている。

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