第一次選考通過作品詳細

『蝉の声』 一生 涼

舞台女優の悠美は、会社経営者の英嗣の愛人になり、女の色香を身につけ、一流の女になる。が、英嗣は政治事件にまきこまれ自殺をしてしまう。失意の悠美は、英嗣の息子の真治に出会う。悠美は、かつて自分が英嗣にそうされたように、真治を育て、一流の男にしようとする。


選評

恋愛する相手によって人は成長し、性の技を極めていく。親子ふたりの男がひとりの女性を愛することで喜びを知り、成長するというその着想がおもしろい。ただ、悠美が英嗣によって何を磨かれ、“調教”されたか、さらには真治が悠美によって何を磨かれ、“調教”されたか、その具体的な部分が弱く、説得力が薄い。また、真治、悠美、英嗣以外の脇役(例えば英嗣の親友の財界人、真治の上司)がまったく生かされていないのも惜しい。もし、それらがきちんと生かされていたならば、英嗣や悠美が属する上流階級と、平のサラリーマンの真治が属する下流階級(中流?)の世界観がうまく伝わり、作品はもっと深くなったのではないか。性描写も「何度も高みに登った」など陳腐な表現が頻出し、あいまいな抽象論に終わってしまっているのも残念だ。さらに、真治と悠美の独白の一人称の文章が交互に続く文体は、心理に重きを置くという意図以上に成功しておらず、同じエピソードが視点を変えて二度も語られるためにストーリーを展開するリズムを削いでしまっている。以上の欠点がありながらも、着想の面白さは秀でている。ぜひ改稿して素晴らしい作品に仕上げていただきたい。

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