最終審査講評

関川 誠 Sekigawa Makoto / 宝島社 取締役編集1局長

『カフーを待ちわびて』 原田 マハ

名作と呼ばれるラブストーリーは、男と女の出会いのきっかけが印象的に描けているものです。その点、この作品の「絵馬に書かれたメッセージ」という出会いのシチュエーションは、実に秀逸でした。その後、主人公のもとを訪れた「幸」という女性の正体が、ミステリーの謎解き風に明かされていく展開にも、読者をぐいぐいと引っ張っていく力があります。そして、ラストのひと筋の風が吹いたかのような読後感。昨今流行りの、涙を絞り出すかのような強引な悲恋の物語ではなく、ごく自然に涙を誘うような希望に満ちたストーリーは、まさに大賞に値するだけの風格を感じました。


『スイッチ』 佐藤 さくら

村上龍氏の 『限りなく透明に近いブルー』 や、田中康夫氏の 『なんとなく、クリスタル』など、あたかもその時代がその小説を生みだしたのではないかと思う作品がありますが、この作品も、今の時代だからこそ生まれてきた作品だと思いました。フリーター、ニート、下流社会というキーワードでくくられる人にとってこれは、「待ち望まれた作品」なのではないかと思います。また、そこに描かれているストーリーが、他者に対して恋心を抱くまでの「恋愛未満」の状態に比重が置かれている点にも新しさを感じました。


『雨の日の、夕飯前』 中居 真麻

女性の気持ちの襞を丁寧に描く、美しい文体が印象的でした。とても華麗な文章です。その華麗さは、声高に謳いあげるような派手なものではなく、透き通った透明感を感じさせる上品さを感じました。生活を保障してくれる年の離れた「先生」の愛を受け、妻子のいる男性と不倫を楽しみ、同性愛者の弟を溺愛するという主人公の境遇は、あたかも現代の女性の恋愛願望を具現化したファンタジーのようですが、私の個人的な意見を言えば、そのファンタジー感を徹底すれば、もっと力のある作品になったと思います。


『恋をしないセミ、眠らないイルカ』 サトウ サナ

この作品の評価すべきポイントは、何をおいても文体の力でしょう。その文体の力でもって、新しい形の恋愛像を作ろうとした意識の高さにも感心しました。惜しむらくは、ストーリーに飛躍があり、作品全体を通じた構成に小さいながらも破綻が見られる点で、途中で物語についていけなくなる読者がいるのではないかという危惧がありました。ただ、力のある書き手ですので、構成の部分を強化すれば、次回には必ずいい作品を生み出せると思います。


『SONOKO』 片栗子

第二次世界大戦を背景にした壮大な歴史小説という設定は、ともすれば陳腐になりがちですが、そこへ女性パイロットという主人公を設定したことで娯楽作品としてとても面白い物語を作られていました。ただ、道具立てがあまりにスケールが大きかったために、書き足りないのではないかと思う部分も多く、特にラブストーリーとしての描写が薄くなってしまったのが残念です。飛行シーンなどは迫力満点で、この作品を原作にした超大作映画を見たかったように思いますが……。


『埋め込み式。』 佐々木 やち

死を前提にして、「殺し」「殺される」者同士の緊張感あふれるこの物語は、抜群のインパクトがありました。サイコホラーの要素を持っていながら、その方向のみに物語が流れていくのではなく、最後までラブストーリーとして成立している点には、ジャンル小説の枠を超えたものを作ろうという、作者の志の高ささえ感じました。作品が短く、まだ書き足りない部分も感じられるので、今度はさらに腰を据えて大きな物語を書いてほしいと思います。