最終審査講評

浅倉 卓弥 → 柴門 ふみ → 桜井 亜美 → 関川 誠 → 松橋 真三


浅倉 卓弥 Asakura Takuya / 作家

自分が作品を発表させていただけるようになって強く感じるのは、小説というメディアはまず読まれなければその相手にとっては存在しないに等しいということである。もちろん映画や音楽も受け手があって初めて成立するコミュニケーションなのだけれど、観ることや聴くことに比べて読むという行為が読み手に強いる緊張は群を抜いている。その負担をどう減らしていくかという問題にはいつも頭を悩ませている。
評価するという立場から作品に目を通すことは僕にとっても初めての経験だったから、選考に当たってはまずそんなことを考えて着手した。もちろん作品のテーマや文体との相性というのはあるのだけれど、そういう個人的嗜好の部分はなるべく抑え、読まれることへの意識をしっかりと持った作者が世に出る一助となれればと願って選考会に臨んだ。
言わば生原稿であるから全般に推敲不足の感は否めなかったが、候補作はそれぞれ十分に個性的だった。大賞に加えもう一冊の刊行が決まったことは喜ばしく思う。以下各作品について触れる。

各作品へのコメント


柴門 ふみ Saimon Fumi / 作家・漫画家

第1回日本ラブストーリー大賞の最終選考に残った六本は、やはり力作ぞろいでした。あれだけの枚数を仕上げるのですから、そのエネルギー、集中力は相当なものだと思います。ただ、「ラブストーリー大賞」ですので、ラブ部分が少ない作品、ラブが伝わってこない作品は大賞から外すことにしました。また、この賞は新しい才能を発掘するという意味合いもあるので、既成の作家に似ている文章の達者な作品よりも、粗削りだけれど独自の個性が光る作品に高い評価を下しました。それに加え、エイベックス社さんによる映画化が条件なので、魅力的な映像が可能かどうかも大賞を選ぶ基準となりました。以上を踏まえての審査の結果、原田マハさんの「カフーを待ちわびて」が大賞に選ばれました。文章も上手で構成もしっかりしています。主人公の青年にとても好感が持てるので映画化されると女性観客に受けることでしょう。

各作品へのコメント


桜井 亜美 Sakurai Ami / 作家

最初は「セカチュウ」「今あい」的な泣ける純愛ものが、どかーんと山積みかと思っていた。ところが、ふたを開けてみたら、恋愛できないダメダメなニート女の恋あり、女パイロットの大空にかける恋あり、開発に揺れる沖縄の離島での絵馬が結ぶ恋ありと、思いがけないほどバラエティ豊かで、ちょっとうれしくなった。「純」なヒロインの悲恋だけが恋愛じゃない。ヒネたりグレたり、そっぽを向いたり、男以上に勇敢だったりするヒロインたちの、「私はこの人じゃなきゃ愛せない!」という切実な声が、原稿につまっていた。
すべての作品がラブストーリーの定石を覆す、意欲的な試みをしていたことに大きな拍手を贈りたい。
最終的に「カフー」が大賞に、「スイッチ」が審査員絶賛賞に決まったが、こんなに両極端な経歴を持つ二人の女性が同じ壇上に上がるなんて、まさしく小説みたいにドラマティック!NYから帰国した煌く経歴のキャリア女と、職を転々とするニートな女。第1回にしてすでに、業界の伝説を生みそうなほどキャラだちした、新しいタイプの作家2人の対決が今から楽しみです。

各作品へのコメント


関川 誠 Sekigawa Makoto / 宝島社 取締役編集1局長

ひとくちにラブストーリーといっても、それを描く手法や形式は無数にあります。いわばラブストーリーは、純文学やエンターテインメントといった枠組みを超えた、非常に大きなジャンルだと言えるでしょう。そのため、寄せられた応募作品ひとつひとつに目を通してみるまで、この賞がどんなものになるのかまったく見当がつきませんでした。実際、予想を大幅に超える多数の作品が寄せられ、しかも、SFや歴史もの、ミステリーやファンタジーなど、実にバラエティ豊かな作品が集まったことは嬉しい限りでした。「今の時代の新しい小説を作り出す、新しい書き手を発掘したい」というこちらの期待に、充分に応えていただいたのではないかと実感しています。

各作品へのコメント


松橋 真三 Matsuhashi Shinzou / 映画プロデューサー

今の時代感として、多くの人が待ち望んでいるラブストーリーは、どんなラブストーリーなのか?
それについての私なりの考えは、ハッピーな、あるいはスピリチュアルに癒されるような作品なのではないかと思います。たとえそれが悲恋の物語であっても、読み終わったあと、人を愛することの大切さが心に沁みるような、大事な人に会いたくなるような作品こそ 『日本ラブストーリー大賞』という名に恥じない作品なのではないかと。その意味で、今回最終選考に残った作品には、そうした期待に応えられるような作品が意外に少なかったというのが正直な感想です。リアリティでもって共感を呼ぶ作品も確かに優れた作品だとは思いますが、今後は、荒唐無稽と言われようがそうした批判を凌駕するだけの想像力を駆使したファンタスティックな作品を期待したいと思います。

各作品へのコメント