最終審査講評

松橋 真三 Matsuhashi Shinzou / 映画プロデューサー

『カフーを待ちわびて』 原田 マハ

そんな中で、「カフーを待ちわびて」は、おとなしいながらも、力強さがあり、何より読後に幸せな気分になれるよい作品だったと思います。文章も読みやす く、幅広いファン層を獲得できると思います。選考会では、ヒロインの人物像が薄いという批判がありましたが、私は逆に、離れ小島で頑なな心を抱えて生きて いる主人公を癒すヒロインとしては、あれだけ清廉で幻想的な人物像のほうがマッチすると思います。そのヒロインが主人公のもとを訪ねた目的は何だったの か?という謎解きの要素もあるので、映像化しても面白いものが作れると思います。トリュフォーの映画「黒衣の花嫁」(ウールリッチ原作)のような雰囲気も あり、今回唯一映像化に興味を感じた作品でした。


『スイッチ』 佐藤 さくら

この作品は、ニート、フリーター世代の女性の共感を得られる作品として好評価を呼んだ作品ですが、主人公のキャラクターがあまりに現代の女性に接近しすぎ ているためか、ピンとくるものを感じませんでした。人生に後ろ向きな主人公が、「少しの成長」で満足してしまう終わり方に物足りなさを感じたせいかもしれ ません。私は、もっと前向きで、読んだ人を元気にさせるような強いメッセージ性のある作品のほうに共感を覚えます。


『雨の日の、夕飯前』 中居 真麻

どこか「昭和」を思わせる静かな文体で、淡々とした日常を丁寧に描いていくその作風は、小説としてはよく出来た作品だと思いましたが、映像化という観点か らはあまり魅力を感じませんでした。もちろん、そうした静けさをあえて映像に写しかえてみるという試みにも価値はあるかもしれませんが、「日本ラブストー リー大賞」としてはそうした小品はふさわしくないものと思い、強く推すことができませんでした。


『恋をしないセミ、眠らないイルカ』 サトウ サナ

この作品も気になる作品ではあります。気の利いたセリフが多々あり、この作者はコピーライターとしての資質がある人だと思います。例えば、この小説のどこ か1ページを無作為に抜いて読んでみても、シャレた物語として読める文体の強さがこの作品からは感じられました。ただ、主人公の行動がつねに受動的で、自 ら行動を起こすところがないという点で、物語の面白さが収束してしまった感があります。


『SONOKO』 片栗子

作品の長さとしては決して成功しているとは言えないものの、壮大な物語を緻密に描ききる志の高さには感心しました。女性アクロバットパイロットという作者 の経歴も興味深く、これから力をつけていけば新しい冒険小説が彼女の手から生まれるのではないかという予感がありました。また、第二次世界大戦の様子や戦 闘機での飛行シーンなど、映像化するにあたって派手な素材が盛りだくさんでしたが、そのようにハリウッド大作に真っ向から勝負を挑むような素材だけではな く、それに新しい妙味が加わるような工夫があれば、もっと強く推すことができたと思っています。


『埋め込み式。』 佐々木 やち

実は一番期待して読んだのですが、文章がとても読みづらく、すでに読んだページに何度も戻ったりして苦労をしました。ただ、死を弄ぶ愛という設定は面白 く、その意気込みの強さは大いに買いだと思います。今後は、読者に対するサービス精神を養った上で新しい作品を読んでみたいと思います。