最終審査講評
柴門 ふみ Saimon Fumi / 作家・漫画家
『カフーを待ちわびて』 原田 マハ
文章力、構成力は群を抜いています。島のリゾート開発で対立する幼馴染み。ボクトツとした主人公明青と、要領よく成功した俊一の対比が上手で、ドラマ作りのツボをよく心得ていると思います。リゾート開発派の俊一が、軽そうに見えて実は島を愛していてと思ったらやっぱり悪い奴というひっくり返し方に感心しました。リゾート開発は悪で自然保護派が善という、決まりきったルールを少し外してあるところにも、作者の知性を感じます。残念なのは、おばあがいかにもなおばあな点と、幸に生身の女の魅力が乏しいという点です。それと、ドンデン返しのエピソードが多すぎるので、作り話っぽさが強められてしまいました。けれど、これだけの量のエピソードを創り出せるというのも、またやはりすごい才能だと思います。大賞にふさわしい力作でした。
『スイッチ』 佐藤 さくら
衝撃を受けました。主人公苫子は、二十五年前の私ではないかと思ったくらいです。そのくらいインパクトがありました。モテること、彼氏がいること、ブランドを持って可愛いと言われること——そうじゃなければ女じゃないと言われる風潮を誰も疑ってない。どうして? 何でみんなたやすくそんな価値基準を信じているの? 十代に乱れた性を経験した女が偉くて二十七歳処女は恥ずかしいと、何を根拠に言ってるわけ? この『スイッチ』は、平成ニッポンの『ライ麦畑でつかまえて』であります。主人公苫子は女ホールデン・コールフィールドです。ここまで自虐ネタで笑いをとれる女性主人公がいたでしょうか。私はこの苫子というキャラを産み出した作者に嫉妬しました。苫子を取り巻く脇役一人一人もきっちり描けています。人間描写はもうすでに〈作家〉の眼です。文章にはまだ少し問題もありますが、この確かな洞察力・人間観察力は、必ず花開きます。
『雨の日の、夕飯前』 中居 真麻
現実的にスモークガラスを一枚貼りつけたような世界です。それは女性の読者には受け容れ易い世界でもあります。主人公の春子さんのナイーブさも、女性に好感をもたれることでしょう。さらに、春子さんと弟・朝夫とのあやふやで濃厚な関係は、女心を刺激します。ただ、朝夫という名前だと『朝夫(あさお)は』を『朝(あさ)夫(おっと)は』に読み違え易く、読者が混乱するので、登場人物の名前に気を配るのもプロを目指すならば必要です。私は個人的に、春子と朝夫と朝夫の恋人近之介との関係がとても好きです。上手に描かれています。春子が朝夫に近之介をどのくらい愛してるのかと聞いて、朝夫が「お互いの吐いた唾をなめられるくらいに、かな」と答えるところが印象的です。先生はいかにもウソっぽいのですが、それは狙いなら成功しています。まだ22歳の作者の今後に期待します。
『恋をしないセミ、眠らないイルカ』 サトウ サナ
非常に読み易くてスッと身体に入りこんでくる「身体バランス飲料」のような文体です。読むことだけで快感を味わうことのできる文章。こういったスタイルは村上春樹氏が作り上げたものでしょう。作品世界も、透明感にあふれていて、そういう気持ち良さを求めている人の要求には充分応えていると思います。エロ本を捨てに来て自殺しようとしている美少女に出会う、とか、夜中の校庭でスイカ割りをするとか、人に「おや?」と思わせるシチュエーションを設定する技はたけていると思います。しかし、それらの光る場面が点で終わってしまい、なめらかな線に繋がっていないので読み終わると意外と何も残らなかったりするのです。点を無理に線にしようとして、ほころんでしまった所もいくつかありました。野球のシーンはいいです。青春物に絞って短編を書くとよいのではないでしょうか。
『SONOKO』 片栗子
アクロバットパイロットということもあって、飛行機のシーンの描写は圧倒的です。第二次世界大戦前の日本女性が結婚式を逃げ出して、アメリカでパイロットになるというのも勇ましくてカッコいい。 園子(SONOKO)の父と、その上官である山本五十六との交流も、じんとくるいい話です。ただ、肝心の恋愛部分があまりに少ない。しかも、園子を想うマークの気持ちが主で、園子の恋心が薄い。園子はマークよりも、父や山本五十六を愛しているかのような印象を持ってしまいます。しかし、このスケールの話を描ききってしまう力量は素晴らしいと思います。小説よりも漫画の原作というのはいかがでしょうか。
『埋め込み式。』 佐々木 やち
独特の世界といえば、独特なのでしょうが、その独特さを魅力と感じてついてきてくれる読者がどのくらいいるのかということですね。自殺したがっている人間を探し出してそれをヘルプして自分の記事にする新聞記者という設定は面白いのですが、新聞記者は編集長に命じられて取材に行き記事を書くのが一般的なわけですから、あまりにもストーリーに無理があります。主人公はやたら女にモテるのですが、なぜモテるのかがさっぱりわからないので、ラブストーリーとも言い難くなっています。大きなウソをつくためには、ディティールに信憑性を持たせることが必要です。ディティールも世界観もウソっぽいと、読者は感情移入しづらいのです。まだまだ若い作者の方なので、固まらずに色んなジャンルの文章に触れてみて下さい。書くことのエネルギーは充分に持っている方なので。