第9回日本ラブストーリー大賞 2次選考通過作品(1)
トマトのために/鰯田祥
主人公の早苗は、祖母の代わりに家賃の受け取りに行ったボロアパートの一室で風変わりな男に出会う。裏庭でトマトを栽培する大学農学部の講師、日置だ。食べさせてもらった裏庭のトマトはあまりに甘くておいしく、衝撃を感じた早苗は熱に浮かされるように日置と寝てしまう。日置はその後早苗に、100万円のバイト代を払うので、中西教授夫妻宅での一カ月住み込み生活に付き合ってほしいお願いしてくる。しかも、偽の婚約者として。
不仲な母親から逃れたい一心で承諾した早苗だったが、共同生活はさまざまなトラブルに見舞われる。果たしてふたりは、無事に一カ月を乗り切ることができるのか――?
「これは鮮烈な“トマト文学”だ」という選考委員の声に代表されるように、“トマト”と“恋愛”を絡めてひとつのエンターテイメント作品を描き切った点に、高い評価が集まりました。また、早苗と母、早苗と祖母、母と祖母と、三世代の女性の複雑な関係が巧みに描かれている点にも称賛の声があがりました。
悪役の海原課長や元庭師の源三、日置の同僚の新庄などのキャラは類型的で深みがなく、そのほかにも、いてもいなくてもいい捨てキャラも目立つなどの意見もありましたが、全体的にはその完成度の高さと“トマト”をエンターテイメントに昇華したという力量が評価され、通過に至りました。