第9回日本ラブストーリー大賞1次通過作品(3)

『愛しのオンディーヌ』/かなつちなつ 

 あらすじ 

ピアニストの道をあきらめて大学のピアノ講師をつとめることになった「僕」(竹内道好)は、口のきけないパン屋の店員ウサミと知りあう。大画家の婚外子である「わたし」(宇佐美亜季)の住むマンションの隣室に引っ越してきたのは、誰にも演奏を聞かれたくないピアノ講師ミチ君だった。ウサミの部屋には「僕」の持っていない高級ピアノがあり、「僕」は耳の聞こえない彼女を気にすることなく思う存分ピアノが弾ける。失声症の「わたし」のことをミチ君は耳も聞こえないと思い込んで、本音丸出しの独り言を言う。急速に親しくなった二人にはそれぞれに恋人がいたが、「僕」は留学生時代にパリで同棲していた真美にプロポーズを拒絶され、「わたし」はプロポーズを延期し続ける画廊の御曹司で新進画家の翔との関係に不安を感じはじめていた。そしてウサミへの愛を自覚した「僕」は、第三者の前に姿を現さない謎の婚約者・翔の正体をつきとめようとする。勘違いから始まった「僕」(ミチ君)と「わたし」(ウサミ)の関係をそれぞれの視点からコミカルに描く。

評価・感想 

恋する男女のじれったい行き違いを描くラブコメの王道に挑んで成功させた快作。冒頭で物語がハッピーエンドで終わることを明かされているにもかかわらず、お人好しのくせに意地っ張りなウサミとミチ君から目が離せない。二人のすれ違いにやきもきさせながら読ませてしまう作者の技量には並々ならぬものを感じた。年上の真美にふられたとたんに若いウサミに切り替えるミチ君のご都合主義も、音楽や美術の話題を散りばめることで醸し出される、ちょっと浮世離れした雰囲気と、学園もの少女マンガの延長のような明るいノリにまぎれて気にならなくなる。ウサミ視点で描かれるラストも小気味よい。

二人の人物の視点から交互に描く手法をとっているため、同じシチュエーションが繰り返される場面もあるが、ウサミは失声症だが耳は聞こえていることにミチ君が気づいていないという仕掛けが効いて、二人の感じ方のギャップが際立つという効果をあげている。また、ミチ君の弾くピアノ曲に登場するオンディーヌ(水の精)や、ウサミをモデルに翔が描こうとする「人魚姫」のモチーフも物語のなかで上手く活かされており、ピアニストと画家の娘の恋物語にふくらみを与えている。

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