あと一歩【10】

ケルビムの住む街で/小郡司

あらすじ&選評

仕事がらみの親睦会で沙代子という女性と知り合った「私」は、その後も会社帰りにふたりで会うような仲になる。だが、ふたりには関係を狭められない理由があった。それは、沙代子には大学で文化人類学を教えていた夫がいて、簡単な書き置きを残して失踪してしまっていたのだ。私は、沙代子との関係を前に進めるため、夫の失踪先であるペシャワールへと向かう。

「私」が沙代子の身に乗り移ったかのようにして夫に捨てられた妻の内面が語られる前半部分、文体が独特で読みにくく、しかし慣れれば心地よくさえなり、やはり無駄な抽象描写が多いのは否めません。後半部分、「私」が沙代子の変わりに中東の遠い国に出かける場面に至って文章はぐっと読みやすくなり、「沙代子の夫はなぜ、妻を捨てて出奔したのか?」という謎で興味を惹かれました。さらに、「私」が沙代子ではない女と結婚していて、その妻が出産間近であることを語る後日談が間に差しはさまれるため、物語に不思議な浮遊感が生まれています。謎の真相が陳腐なのが残念ですが、文学作品としてはかなりの完成度だと思います。