あと一歩【9】
今夜、カフェ・ティンリーで/永山東巴
あらすじ&選評
舞台は、大多数が生涯を独身で通すようになった近未来。結婚する男女がほとんどいないため、「結婚保険」なる制度まである。結婚保険に加入している人が結婚すると、保険調査員の審査が入り、その結婚が本物と証明されれば保険金が支払われるのだ。 「カフェ・ティンリー」を開いて5年目になる敦也は、店の経営難を救おうと共同経営者の美奈に偽装結婚を提案する。美奈は、保険金をもらったら敦也とすぐに離婚するつもりで同意した。しかし、結婚後5年以内に別居か離婚した場合は、保険金は全額回収されるのだ。ひそかに美奈に恋する敦也は、そのことを美奈に伝えず偽装結婚し、そのまま彼女と夫婦になろうと企んでいたのだ。同棲の甲斐あって保険金は支払われたが、本当の相手がどこかにいると信じる美奈は敦也との結婚に興味がない。一方、敦也はなんとか美奈と本物の結婚をしようとする。そんな折り、新人保険調査員の久保田が2人の結婚に疑惑を持ち、調査に乗り出した。
まずは、近未来の恋愛という奇抜な設定を評価しました。恋愛しない「恋愛貧困層」、恋愛したことがある「恋愛中間階級」、恋愛経験が豊富な「恋愛富裕層」と分けられた恋愛格差社会。本当の結婚かどうか調査するため使われる、精液の匂い分子を採取する装具。タブレットの中でリアルに楽しめる恋愛シュミレーション・ゲーム。超一流の精子と代理出産で生まれた男・・。近未来ならではの小道具を盛りだくさんに揃え、オリジナリティに溢れた不思議な世界を楽しめました。そんな中で、美奈が「人間関係の終わりは、死よりもずっと面倒」と感じることや、敦也が恋愛富裕層の男女の別れに対する達観を「柔軟な進化」かもと思うことで、生身の人間の感情の厄介さが浮き彫りにもなり、その複雑な心境に妙に共感できました。ただ、2人の主人公以外の人物のドラマも丁寧に描き込んだせいか、全体が増長した感じがしました。もう少し2人のドラマに絞って物語を展開した方が、作品の個性がさらに際だってきたのではないかと思います。また、結末が見えてしまうのも惜しい。近未来ならではの、まったく異なるラストも考えてみてください。次回作に期待します。