第10回ラブタメ大賞最終審査講評

最終審査講評

冲方 丁 (うぶかた・とう)

今回から参加となりました。ラブストーリーかつエンタメを目指す賞ということで、ずいぶんバリエーションに富んだ候補作が上がってきたという印象です。
いずれも自分が好きなこと、やりたいことをたっぷり詰め込んだ作品たちに好感を持ちましたが、全般的に、もっと地力が欲しい。まずバリエーション。同じ事を言うにしても様々なやり方がある。「好きだ」と告げるだけでも無数の方法がある。なのにどれも似ているのは勿体ない。そして説得力。理路整然と書くだけでなく、読む相手をはっとさせることを考えて欲しい。さらに導引力。どうしたら物語に興味を持ってもらえるかもっと考える。それだけで、だいぶクォリティがアップするはず。

『五色の石と、片袖のサムライ』
異世界コミュニティへのさまよい込みと別離。これまで数多くの作品が挑んできたテーマに、いわば命の物々交換とでもいうべき新しいルールを試みているのが面白い。ルールを解説するだけでなく、主人公に発見させるといい。また、ルールが伏線となって、実はこうだったのか、と驚かせられるといい。常に五色+特殊色を登場させ、さらに対立するコミュニティを書くとなると、登場人物が倍々になって十数人、あるいは数十人を書かねばならず、全体が希薄になる。登場させるのは二色か三色に減らして再構成すると、すっきりして物語の仕掛けを構築しやすい。

『由比ヶ浜・ホテル・シーサイド』
話の構造は非常にしっかりしている。導入、展開、結論の段落がはっきりしている。まず問題はホテルの存在感。邪魔なのか、目立たないのか、怖いものなのか、汚いのか……ホテル自体が一人の登場人物だと思って描くといい。また、人物の書き分けに注意し、一人一人にもっと真相を解明しなければいけない事情や意思が欲しい。結末もまだ工夫できる。怖がらせ、驚かせ、泣かせる。そのための思わせぶりなセリフやシーンが欲しい。コンクリートの専門知識など解説が必要なものは地の文でだけ処理するのではなく、人物の誰かを「物知り」にして語らせ、キャラ立ちとセットにするとテンポが良くなる。

『パールオパール』
コミュニケーションがしっかり物語になっている。関係性に共感が湧くし、ささいなことへのショックの描き方が上手い。はっとさせられるし、考えさせられる。だが出来事としては、それほど起伏がない。同じ事を書くにしても、どこかで精神の緊迫と、その後の余韻が欲しい。自己肯定というテーマは、どんなシチュエーションでも呑み込んでしまうほど大きい。もっと色々と相反するものを盛り込み、主人公を右往左往させるか、愕然となる出来事に直面させ、主人公が否応なく解決に乗り出さねばならないようにするといい。主人公の妹と母親の意外な側面をもっと描けば、主人公も引き立つ。

『奇跡33756』
奇跡という言葉を違うものにしてしまおうとする切り口は挑戦的で、わかりやすく人を惹きつける。その場合、カウンターとなる対立項があると物語もキャラクターも膨らむ。光と影のように、奇跡とキセキがあってもいい。奇跡とは何か、という点ももっと考えて欲しい。キリスト教的な教義、偶発的な幸運、願いが叶うこと。この三点だけでも完全に別物で、書き分けが必要だ。悪意ある奇跡も世の中にはある。主人公の願いの叶い方と、想い人がよみがる過程での悲痛なドラマを、もっと工夫し、大いに泣かせて欲しい。心の底から奇跡をこいねがうのはどんなときか? ということを突き詰めるといい。

『探偵物語~』
ステレオタイプさを前面に出したドタバタぶりが大変楽しい。混乱とすれ違いだけでなく、ぎょっとするような動機など意外性も盛り込むといい。スラプスティック、ギャグ、ステレオタイプというのはファッションと同じで、三点セットで常に最新の流行に更新しなければならない。過去の名作を連想させるだけでなく「また訳の分からないおかしなものが登場した」と思わせる斬新さが必要だ。そのためにスパイ映画などは常に目新しい国に行き、最新の装備を駆使する。ショーとしての新しさを出す工夫をするといい。


瀧井 朝世 (たきい・あさよ)

第10回の今回から賞のコンセプトが変わったことにより、今年は恋愛だけでなくエンタメ性が優れているかどうかに着目して拝読しました。

結果、もっとも期待を寄せたのは田丸久深さんの『奇跡33756』となりました。主人公を守る男の子を幽霊ではなく「奇跡」としたところが秀逸。主人公の素直さも伝わってきますし、彼の強引さと寂しさを合せ持っている様子も魅力的です。もう少しオリジナリティのある展開が読みたかったのは確かですが、ラブ要素もエンタメ要素もバランスよく盛り込まれ、この先書き続けていける素地を感じました。個人的には、主人公の友達の綾音さんの恋がどうなるのか、まったく想像できなくて興味を持ちました。

いちかさんの『五色の石と、片袖の侍』はパラレルワールドから生還するためのルール設定などがとってもよく作りこまれていて、面白かった! さまざまな人間ドラマも楽しく拝読しましたが、そのぶん主要人物二人の魅力や、恋愛の盛り上がりが薄まってしまったようです。とはいえ、ストーリーテリングでもう少し読み手の心を盛り上げることを意識すれば、きっと素晴らしいエンターテインナーになれると思います。

寺地はるなさんの『パールオパール』は、候補作のなかでいちばん文章が巧み。高い水準の作品ですが、エンタメとしてはもう少し二転三転なり、クライマックス的な盛り上がりなりがほしかったところ。読んでいると純文学系の匂いも感じるので、ご自分の方向性を今一度考えてみたほうがよいかもしれません。

藤野まり子さん『由比ヶ浜・ホテル・シーサイド』は魅力的な人物と設定で、文章もテンポよく会話文もノリよく楽しく読めます。でもいろんな要素が詰め込まれ、最後にはあまり笑えない事実発覚で読者を置いてけぼりにしてしまう印象。伏線をもっと配置するなどして終盤の唐突感を失くすなど、全体的なバランスにもう少し配慮すればエンタメ性が高まると思います。

一色十郎太さん『探偵物語~ハッピー・エンドのロミジュリがあってもいいじゃないか!』は賑やかで楽しい物語。ただ、警察の捜査があまりにも雑であったり、高級フレンチで食事している場面でメニューが書かれていなかったり、いちばん迷惑な存在である少女の父親と対決することがないなど、書きこんだほうがよいところを避けて書いている印象を持ちました。力を温存しているのでしょうか。書く力はある人だと感じるので、出し惜しみせずに力を出し切ってみてください、ぜひ!


川村 元気 (かわむら・げんき)

■五色の石
物語の設定や「石」のルールなど、とてもキャッチーでよく考えられており面白く読みました。ちょっとルールが複雑過ぎて、説明に冒頭で時間がかかりすぎているのが気になりましたが、独特の世界を作れる方なので今後の作品が楽しみです。

■パールオパール
物語は些細ながらも、ぐいぐい読ませる魅力を持った小説でした。特に男性の弱い部分、ダメな部分の描写は見事で、読みながら何度か感じ入る瞬間がありました。言葉の力がある方なので、次はさらにキャッチーな設定の小説を読んでみたいなと思いました。

■ホテルシーサイド
内装職人の女性主人公のキャラクターが魅力的で、内装の仕事の取材もよくされており面白く読みました。後半の展開がやや唐突で、置いていかれた感じがしましたが、キャラクターの力を感じるので、次回作に期待したいと思います。

■奇跡
「奇跡」という設定の発明、ネーミングが見事だと思います。加えて王道のファンタジーでありラブストーリーとしての魅力を感じました。入口が面白い分、ラストが消化不良になっているのが気になりました。これからどんどん面白い発明的なアイディアの小説を書いて頂きたいと思いました。

■探偵物語
スピード感のある「探偵物語」として楽しく読みました。キャラクターも現代的で次が気になる展開も良かったと思います。ただ全体的に、探偵物語的な古典性と、現代的なキャラクターのマッチが難しく感じる部分もありました。次も、スピード感のある娯楽小説を書いて頂きたいなと思いました。