第9回最終審査講評
最終審査講評
柴門 ふみ (さいもん・ふみ)
『トマトのために』は、冒頭のシーンでまず引き込まれました。日置も魅力的ですし、読みやすい小説でした。ただ、トマトのうんちくは、興味のない人にはつらいです。
『純白の飛行機雲』謎解きの面白さで話を引っ張って行く構成は上手いと思います。テンポよく読ませる文章力もありますが、人物描写をもっと深く掘り下げてもらいたかった。まだ若い作者なので、これからが期待できます。
『ピュグマリオンの恋人』は、達者な文章で飽きさせることなく長編を読ませる実力のある方だと思います。伏線と、そのフォローを叩き込む構成は、読んでいて気持ちいいです。ただ、あまりにご都合主義に話が進むのと、登場人物のステレオタイプな点が気になりました。
『アタシの舞ちゃん』は、外見で女性を判断する男性に批判的でありながら、自分は男性を職業やルックスで判断する主人公に感情移入しづらいところがあります。猫の描写は良いのですが。小説の主人公は表面的な性格に難があっても、根本的な部分に品格がないと読者がついてこないのです。
『幸せな未来(あした)』は、すべてどこかで見たような設定(謎の洋館、地下室、傷だらけの美少年……)で、しかもストーリー運びが乱暴すぎる印象を受けました。文章はとてもこなれて上手いと思います。力のある方なので、オリジナルな設定、キャラクター作りに挑戦してもらいたいです。
石田 衣良 (いしだ・いら)
世はすっかり男女ともに草食の時代。
恋愛小説は冬の時代を迎えているという。
冷たい北風に逆らい、厚い氷を砕くような
突破力のある作品を求めたけれど、今回の最終選考に
そういう新鮮さのある候補作は見あたらなかった。
新しい才能に毎回期待しているぼくとしても、
すこし残念な年になった。
『あたしの舞ちゃん』
拾われた猫が飼い主の恋を成就するためにひと肌脱ぐ。
一人称の猫の語り口はスムーズで、とても読みやすい。
ただ35歳独身ひとり暮らしの舞のキャラクターが薄い。
片思いの相手である年下の秋も、どこが魅力的かわからない。
結果として、あまり関心をそそらない男女が
とくにトラブルもなくうまく結婚するという一本調子の物語に。
人物の魅力をあげる。恋には障害や難関をつくる。
それがラブストーリーの基本です。
『ピュグマリオンの恋人』
アイドルオタクと歴女の恋と一見キャッチーな設定。
けれどヒロインの坂本龍馬、オタクのアイドルへの
愛情の理由に説得力が欠けている。アイドルがいきなり
男の部屋を訪れるのは、いかにも不自然。
設定はよかったので、もうすこしリアルにアイドルオタクの
精神世界切りこんでいけたらよかったのに。惜しいです。
『純白の飛行機雲』
高校時代に謎の心中事件があり、そこから十数年後に
開かれる結婚式に脅迫状が届く。中止しなければ花嫁の命はない。
ここまでの設定は文句なし。しかし、最後のネタが
例によってきれいな男同士のゲイものというのが、
想像どおりで著しく興を削ぐ。
ゲイネタは水戸黄門の印籠のようなもので、
よほどの確信と新手がなければ安易に使用してはいけません。
『幸せな未来』
謎の富豪の家で働くことになった女医・麻子。
屋敷にはハンサムな兄と傷だらけの弟が住んでいる。
自傷癖があるという弟には、痛みのなかで未来を予知する能力が。
ミステリアスな雰囲気も、予想外の展開も悪くない。
だが、それを支える説得力が弱い。細部をもうすこしていねいに。
最後のハッピーエンドもとってつけたよう。
『トマトのために』
トマトが美味しすぎて、その研究者といきなり寝てしまうヒロイン!
これは期待できる。どんな展開になるのかと思っていたら、意外と普通。
ネットで調べたトマトの豆知識はいいから、もっと物語をドライブさせてほしい。
けれど、この作品がもっともスムーズに読めて、あと味もよかった。
のんびり屋の研究者も男性として器がおおきく、
偽の婚約者としてがんばる早苗も魅力的だ。
石田祥さん、おめでとう。次回作に期待します。
新人の生き残りが厳しい時代なので、休まずダッシュを。
瀧井 朝世 (たきい・あさよ)
今年の候補作はどれも、きちんとプロットが練られていると思いました。エンターテインメント小説として読者を楽しませようという心意気、とても頼もしく思います。
大賞は『トマトのために』。おめでとうございます。主人公の相手役となる男性が野生味と知性、穏やかさと可愛げを兼ね備えていて非常に魅力的でした。出世のために偽装カップルとなる設定はやや古いですが、無駄の少ない文章で軽快に読ませます。主人公と母親の確執などサブストーリーもよく作られていました。欲をいえば、陰の主人公であるトマトがもっと魅力的だと楽しかったかも。一風変わった、でも読者も真似したくなる美味しそうなトマト料理をもっと登場させたり、トマト研究に何かしらの成果が見られたりすると、トマトを題材に選んだ説得力が増したのでは。ともあれ読ませどころをきちんと押さえたストーリー運びは見事でした。
『純白の紙飛行機』は、複雑な構成をきちんとまとめあげた点は手放しで称賛しますが、この内容にしてはあまりにも枚数が少ないのが残念。それぞれの人物の苦悩がにじみでるような描写を読みたかったです。それが書けるようになれば、プロの作家として充分やっていける人だと思います。
『ピュグマリオンの恋人』は、オタクの青年の心理が描かれている点は魅力ですが、そのぶん、相手となるレキジョの人物造形が浅く感じられました。全体的に、一人ひとりの行動原理に説得力が足りなくて惜しいです。その人物がなぜそこでそういう言動をとるのか、なぜそう考えるのか、書かかれているようで書かれていない。頭では考えているけれど心では理解せずに書いている印象があるんです(偉そうにごめんなさい!)。難しい課題かもしれませんが、そこを乗り越えたら大きく飛躍する人だと思います。
『アタシの舞ちゃん』は猫が主人公。猫の心情の部分ではぐっとくる箇所がいくつかありまし、主人公の健気さも微笑ましかった。ただ、主人公が片思いしている相手が、女性に何かを望んでばかり、偉そうにジャッジするばかりの身勝手な男にしか思えず、この恋を応援する気になれませんでした。ストーリー運びは安定しているので、あとは読者もときめくような男性像が書けるかどうか。
『幸せな未来(あした)』は謎めいた館にミステリアスな兄弟という魅力的な設定に引き込まれました。じっくりと世界観を作り上げていったことがよくわかりますが、全体的にどこか既視感を抱いてしまうのも確か。男性キャラクターたちの人物像の掘り下げ方もあともう一歩。どうせなら弟をもっと異形の存在にして、それでも成立する恋愛というものを読みたかった気も。というのはあくまでも個人的な好みですが、それくらい、突き抜けるような個性があとひとつ欲しかった。
川村 元気 (かわむら・げんき)
『トマトのために』
冒頭のアパート。トマトの匂いでむせ返る部屋の描写でつかまれました。丁寧にストーリーも作られていますし、大学講師の日置のキャラクターにも好感が持てました。バランス良く書かれる印象でしたので、これからいろんなジャンルに挑戦していただきたいなと思いました。
『純白の飛行機雲』
全体に漂う、映画的な雰囲気に惹かれました。ストーリーもよく練られていますし、次が気になる展開で最後まで一気に読めました。最後のオチに関して、共感ラインから外れて「特殊な人たちの話」になってしまったのが残念でしたが、魅力的な雰囲気を作れる方だと思うので、これからの作品を楽しみにしています。
『ピュグマリオンの恋人』
設定がキャッチ―で、キャラクターもポップで、とにかく明るい小説だったので楽しく読めました。ただ設定、キャラクターともに、どこかで見たような気もしてしまいました。キャラクターの設定を、なにかを少しずつずらすだけで、もっと面白くなる気もしました。
『アタシの舞ちゃん』
猫のひとりごと、楽しく読みました。言葉のチョイスにもセンスを感じましたし、意外な展開もあったりで、アイディアをきちんと盛り込んでいる印象がありました。秋くんのキャラクターについて、もっとオリジナティあふれる魅力的要素があれば、より舞ちゃんの恋に共感できるようになる気がしました。
『幸せな未来』
確かな描写力と、興味深い設定で、一気に惹きこまれました。悠磨のキャラクターが興味深かったので、ラブストーリーの線よりも、そちらの線のほうが魅力的な気がしました。予知能力のルール設定などがもう少し練られるともっと面白くなるのではないでしょうか。