最終審査講評

柴門 ふみ石田 衣良大森 美香瀧井 朝世

柴門 ふみ (さいもん・ふみ)

「日本ラブストーリー大賞」第1回から応募を続け、最終選考の常連とも言える中居真麻さん。『星屑ビーナス!』は、そんな彼女のこれまでの最高傑作ではないかと思います。二十代後半独身女性の、恋にも仕事にも“高望みしているわけでもないのにうまくいかない”日常が、リアルかつユーモラスに描かれていて、冒頭からどんどん物語に引き込まれていきました。もっともっと青子の物語を読みたい。読者にそんな気持ちを起こさせる力のある作品だと思い、私は文句なく大賞に推しました。青子を取り巻く周囲の人物もとてもよく描写できています。ただ、もう少し登場人物を整理して、話全体を短くしてもいいかもしれません。
『月夜の影に、捧げる』も、力のある作品でした。地下室に幽閉された拓治と言う男のインパクトは強烈で、そういう登場人物を創り上げることのできる作者の実力は相当なものだと思います。しかし、時代や地域があまりに不明瞭なため、読者が途中でついてゆけなくなってしまいます。たとえファンタジーでも、最小限の立ち位置だけは明確にしたほうがいいのではないでしょうか。
『ベアトリーチェ』は、“好きな人に遊ばれて捨てられるのではないか”という、女性心理部分は良く描けているのですが、中学3年生の男の子にリアリティが感じられなく、そこに引っかかりました。
『紅い靴』はリズムのある文体で読みやすいのですが、最初からオチが読めてしまうのが難点でした。オチがあと二転ぐらいすればおもしろい作品になったのでは、と悔やまれます。
『ランドリーより愛をこめて』はキャラ設定ありきの作品で、ファンタジーならなんでも許されるご都合主義が目につきました。作者は文章力もあり書ける人なので、親友と恋人との三角関係に焦点を絞ったラブストーリーでも充分おもしろい話になったのではないでしょうか。


石田 衣良 (いしだ・いら)

どこかの新人賞はたいへんにぎやかなことになっていますが、この「日本ラブストーリー大賞」は厳正な選考のうえ、粛々といい作品と将来有望な書き手を送り出していく予定です。みなさん、末永くどしどしご応募、ご注目ください。
『紅い靴』。31歳OLと21歳フリーターの恋の顛末だけれど、少々ヒロインが幼すぎるのでは。いまどき10歳くらい年下は珍しくないし、周囲の理解も得られるのではないかな。オチは男が金目的の若いツバメだったというのも意外性に欠ける。主人公の生活感がよくでていただけに残念。
『ベアトリーチェ』。一人称の難しさが出てしまった。過度のおしゃべりや自己へのこだわりが小説としては余分な贅肉。中学生と幼なじみの父親のあいだで、35歳の主人公が揺れるのだけれど、もっと中学生の比重を重くしてもよかった。どちらとも肉体関係をもったほうが抜き差しならなくなって効果的だったと思う。もっとヒロインを追い込もう。 『ランドリーより愛をこめて』。コインランドリーにいきなり出現する悪魔はアフロヘアで、どんな願望でもかなえてくれる。この設定でほとんど動きがないのは、ストーリーを組むことに真剣にチャレンジしていないのではないかな。最後のクライマックスももっと高くできるし、殺人を依頼するヒロインの気持ちにきちんと寄り添ったら、スリルも倍増したのに、惜しいことをした。
『月夜の影に、捧げる』。江戸川乱歩のような怪奇ふうの雰囲気が出色。名門製薬会社のオーナー一族に嫁いだ貧しい美女。地下に三十年間幽閉された難病の長兄の介護をまかされたヒロインは、夫よりも義兄にひかれていく。ぼく好みの設定で、たいへんおもしろく読んだ。雰囲気はいいのだが、小説としてはあちこちに粗がある。そんな簡単に人を殺せるのだろうか。また、脚や目を持ち帰るのは女性に可能なの? それでも、細かな傷はすぐに治せるはず。この調子でばりばり書いてください。次作に期待しています。
『星屑ビーナス!』。ヒロイン青子の平凡な生活と冴えない恋愛だけで、これだけ読ませるのだから、この作者の筆力は確か。恋愛よりもデフレ不況化の仕事小説としての比重が重く、その部分が実によく書けている。共感する女性もきっと多いはず。これで魅力のある男性を書ければ、鬼に金棒です。今後は立ち止まらずに、どんどん書いてください。


大森 美香 (おおもり・みか)

ラブストーリーの大賞ということで、どんな恋物語に出会えるだろうと楽しみにしていましたが、最終選考作品の5編は、どれも恋愛の痛々しさや閉塞感にあふれていて、改めて「恋って苦いなぁ」と、しみじみ感じました。
『ランドリーより愛をこめて』は、ブライダル業界で働く主人公の様子が丁寧に描かれているいっぽう、元婚約者や、アフロで関西弁の悪魔の個性や男性としての魅力があまり伝わらず、主人公の恋心に共感しにくい印象を受けました。
『紅い靴』は、読んでいていちばん映像が目に浮かんだ作品です。主人公の背景や、ふたり以外のキャラクターに深みがないため、あっさり読み終わってしまうのがもったいないですが、自分が傷つかないよう保険をかけながら恋をする主人公と、理想の年下男性を絵に描いたようなマツグくんの恋の過程はおもしろかったです。
『ベアトリーチェ』は、主人公の独特なひとりよがりな感じを楽しめるどうかで、好みの分かれる作品だと思いました。主人公や晟さんの自分勝手にも思える生き方に、ある種のリアリティを感じました。
『月夜の影に、捧げる』は、世界観に引き込まれて一気に読破しました。義理の兄との禁断の恋に溺れていく過程までは非常にワクワクと読んでいたのですが、その後の展開にそれ以上の盛り上がりがなく終わってしまったのが残念でした。
大賞作品の『星屑ビーナス!』は、恋の苦さのなかにも主人公にたくましさや柔軟さが感じられる、圧倒的に魅力的な作品でした。たくさんの悲壮な出来事もどこかすがすがしく、主人公の青子さん以外のキャラクターも生々しくておもしろい。展開に予定調和なところがなく、登場人物の感情にウソがないところにも、作り手の誠実さを感じます。青子さんのこの先の恋の行方も気になる!


瀧井 朝世 (たきい・あさよ)

僭越ながら、今年はじめて選考会に参加しました。どの作品も襟を正してじっくり、かつとても楽しく拝読した次第です。
『星屑ビーナス!』、大賞受賞おめでとうございます。5年間の年月が描かれるため登場人物がかなり多いのですが、みな個性をつかみやすく、ちゃんと血の通った人間になっているところに文章力を感じました。恋愛にも仕事にも不器用でちょっとイタイ主人公の青子ちゃんも、腐ったところがなくてチャーミング、友だちになりたいと思える女性。
『ランドリーより愛をこめて』は、プロットを組み立てていく力を感じました。取り返しのつかない願いごとをしてしまったクライマックスには本当にハラハラドキドキ。女友だちとの関係にも決着がつくところ、最後に主人公が成長しているところがよかった。ただそのいっぽうで、恋愛において、ぐっとくるところが少なかったかな。
『月夜の恋に、捧げる』は、不気味で隠微な空気を最初から最後までキープして書き切ったところがすごい。選考会でも盛り上がりました。どこにたどり着くかわからない不穏なストーリー展開も魅力です。ただし、状況設定に疑問点もが多かった。どうやって女性ひとりで大人の男の脚を切断して誰にも見られずに運んだのだろう、とか。幻想的な世界ですし、すべてに現実味を持たせる必要はないと思いますが、読者を引き込むためにはもう少し説明があるといいかな、と。
『ベアトリーチェ』は切ない思いを丁寧に描いた、まさにラブストーリーらしいラブストーリー。昔好きだった人が忘れられないという一途な恋心、意外な再会の仕方をしてしまって悩む気持ちがよく伝わってきました。ただ、大人になった彼が、そこまで恋するほどの男性かどうかは、賛否両論ありそう。年月を経たからこそ増した魅力があるとよかったのかも。
『紅い靴』は状況および心情の描写がちゃんとできている。どの場面もちゃんとその光景、登場人物たちの位置関係が頭のなかに浮かびます。新人のうちにここをクリアできている人はなかなかいないので、自信を持ってください。今回の作品はわかりやすい展開でしたが、この文章力・描写力で書かれた、うねりのある、予測のつかないストーリーを読んでみたいなと思いました。