第一次選考あと一歩作品
『ワンダーフォーゲル』 後藤哲平
選評
学生時代から付き合っていた彼女と同棲をはじめ、ラブラブの順調に思えた「彼」だったが、ある日突然「出かけるけど、心配しないで」と簡単な手紙を残して「彼女」が出ていってしまった。ひとり旅がしたくなったのだろうとは思うものの、携帯は繋がらず、心配の種は尽きない。そこへ恋人と喧嘩別れしたばかりの同僚・二宮が女に逃げられた者同士飲もうと家を訪ねてきた。二宮はそのまま出社拒否で彼の部屋に居座り、さらには隣人で妻と別居中の定年した元公務員・石動が加わって、毎晩酒盛りをする奇妙な共同生活が始まる。3人で気楽に過ごしながらも、ふとしたときに思い出すのは彼女のことばかり。そんなおり、石動が同じマンションの住人の引きこもり中学生を部屋から出そうとする説得にヒートしすぎたせいで3人にある変化が……
恋愛エピソードや会話は平凡ですが、不思議と読み心地がよく、読後感も清涼です。肝心の恋愛相手がいない状況で、男たちが女に思いを馳せつつウダウダ酒盛りするという状況が非常におもしろいと思うのですが、彼女が旅立つ前に、同棲にいたった過程を全体の3分の1くらいの紙幅を割いています。いっそ彼女が出て行ったところから始めて、同棲の過程も必要であれば回想や会話などで処理してはいかがでしょうか。あと、彼女の視点が始めだけ挿入されますが、ないほうが、よりよく知っていたはずの相手がわからなくなったときの不安感などが出てよいのではないかと。でも、彼女から届く手紙はとてもロマンチックで素敵です。携帯の電源はコンビニで買えるんじゃというツッコミもあるので、違う理由で携帯が繋がらないほうがよいでしょう。そして、本作でいちばん惜しいなと思ったのは、ほかの登場人物には物語を通して成長があるのに、肝心な彼にはそれがないことです。ひたすら受け身な彼のゆるさは本作の魅力でもありますが、読者としては彼がひとまわり大きくなってくれたほうが、よりカタルシスがあるかと思います。
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