第一次選考あと一歩作品

『偶然のような奇跡』 海原絵真


選評

 歯科医院で歯科衛生士として働く雪音は、もうすぐ26歳。母親は彼女を未婚で産み、雪音が幼いころに自殺した。以来、雪音は祖母の美津子に育てられ、ずっとふたり暮らしだ。
 ある日、雪音はひょんなことから、同じ職場にいる安斎に夕食を誘われる。安斎は歯科医としては優秀だが口が悪く、雪音には苦手なタイプ。職場以外で一緒に過ごし、安斎に対して意外に好印象をもったが、安斎には婚約者がいるとわかる。複雑な心境を抱える雪音は、美津子から、自分は白血病で明日入院すると聞かされる。
雪音は、自分は母に愛されてなかったと思い続け、また、いつか母のように心を病むのではないかという恐怖を抱えて生きてきた。そのうえ祖母まで失うのではとパニックになる。つらい局面に立たされるなか、彼女に告げられる真実とは。安斎との関係の行く末は……。
 4回以上の投稿のなか、試行錯誤と努力の成果でしょう、物語のまとめ方、展開の仕方が上手です。物語をつじつまを合わせてまとめる……。最初はそれすらも大変な作業なので、書くごとに成長が実感できているのではないでしょうか。
 とりわけ、主人公の悩みや揺れる気持ちが丁寧に描かれているので、すんなりと共感できます。安斎の口は悪いけど憎めない感じも、うまく描かれています。美津子さんの気丈さ、優しさも魅力的。すてきなキャラクター造りに成功しています。惜しいのは、肝心の雪音と安斎の関係が、あっさりしている点です。雪音の母の話やストーカーの田村の話を削り、ふたりのあいだの問題(障害やすれ違い)を差し挟むなどして、ふたりの物語にボリュームをもたせると、もっと輪郭のしっかりしたラブストーリーになったのではないでしょうか。
 また、PCや携帯など時代を映し出す小物を使うなどして、いまの物語らしくする工夫も大切かと思います。
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