第一次選考あと一歩作品

『気持ちよければ全てよい?』 梧桐渉


選評

 雑誌記者の雄刈は、究極の自慰装置「究名器」の取材を通じて、その虜になる。「究名器」は、生身の女性とのセックス以上の快感を与えてくれるのだ。やがて「究名器」が進化し、肉体を持ち、人口知能によって会話をするに至って雄刈は、恋人の照美の存在さえ、いらなくなってしまっている自分に気づく──。
 セックスや恋愛が、じつはひとりよがりなものであり、それがテクノロジーによって置き換え可能なのではないかという刺激的な論理劇が終始展開される。しかも、男性のセックス観、恋愛観が自慰的行為によって成り立っているという指摘には、大いに考えさせられた(評者は男性です)。この作品自体がひとつの哲学書のようでもあり、まるでプラトンの対話篇を読むような知の興奮を味わえた。
 だが、この作品の欠点は、その論理性でもある。「人形愛にうつつを抜かした主人公」という設定ならば、かなりおもしろいラブコメディに成り得たに違いないのだが、場面がいっこうに盛り上がらないのだ。照美との恋愛関係は、最初から結末部まで対話でしか語られないし、ラブドール見本市をフェミニスト団体が占拠するクライマックスシーンでは、登場人物は少しも慌てず騒がず、「議論」をはじめる。小説的な盛り上がりを拒否した小説ともいえる。恋人にそっくりの人形を作ることを、本人を相手に説得するシーンなど、爆笑できる部分もあるのでとても惜しい。商業ライターだった主人公が、ラストで突然、報道精神に目覚めるきっかけに説得力がないのも残念。
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