第一次選考あと一歩作品

『海とヤンキーと兵隊さんのいる街で』 霧島タツキ


選評

 17歳の恭一には、高校1年の夏の記憶がない。心に不安を抱え体調を崩した彼は、リハビリのために引っ越してきた海辺の街で、ヤンキーの優太、無口なその妹の由美、そして米海軍に勤務する関西弁の女言葉を操る巨大な黒人・ボビーに出会う。彼らとの交流によって少しずつ癒されていった恭一は由美のことを好きになる。しかし彼女と正面から向かい合おうと決めたとき、恭一に蘇った記憶は、16歳の夏に恋をしていた相手が自ら命を絶ったというつらい記憶であり、それはまた由美をも傷つけることになる……。
 とにかく登場人物の描写が魅力的で、とりわけ関西弁を故郷のアリゾナで留学生のガールフレンドに習ったというボビーのキャラクターがおもしろい。不器用だが優しい人々が、傷ついて美しい海辺の街にやってきた恭一を思いやり、あたたかく仲間として受け入れ彼を癒していくのは当然の成り行きだと思われた。
 しかし、これだけ説得力のある人物描写ができているのに、由美が恭一の過去をいち早く知った理由に、彼女の「能力」を持ち出すのは不自然な描写のように思える。感受性の豊かな少女が、どこか相手のことが気になるのならば、故人の出現がなくとも、ある程度「カン」で真相に近づいてもおかしなことではないだろう。また、恭一が封印していた記憶である「恋人の死」も展開から予測はできたが、そのぶん「よくある」パターンに回収された物語であるかのように思えてしまった。
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