最終審査講評

柴門 ふみ石田 衣良白井 恵美子上村 祐子


柴門 ふみ (さいもん・ふみ)

『それがきみならいいのに』。私の大学生の息子の頭のなかもこうなんだろうなあと、そこをリアルに感じました。

『かたびらの調べ』。これだけの架空の世界を構築するエネルギーを、読者に読みやすい工夫にも少しまわして欲しいです。

『私の、欲しい、暮らし』。ただ自分の頭のなかだけでぐるぐるしている印象を受けました。野生の男と都会の男の両方欲しい、という発想は良いと思います。

『あたしとひぐっちゃん』。エンタテイメントに富んだ楽しい作品ですが、トリックがあまりに拙い。人称が「俺」と「あたし」と、ふたつ併用しているのも、読者の混乱を招きやすいのでは。読者を楽しませようとしすぎて、いろんな要素を詰めこみすぎた感じがします。

『愛し』。春陽と志津谷の、ディスカウントショップでの場面はよく書けていたと思います。が、岳に魅力が乏しいのと、あまりにあっけなく「惚れ草」を手に入れてしまうところなどに難点が。けれど、全体に漂う古風でちょっとアブナイ作風が、菊池寛の『真珠夫人』を彷彿させて、私は好きです。

『ウォー・クライ』。無駄なくテンポの良い文体で、すらすらと読めました。あまりにすらすら読めたので「あれっ」という感じです。拒食症やスタンガン、BL好き少女という尖ったキーワードも、私にはするすると引っかかりが無く、青春の行き詰まりも、さほど切迫さがなく、感じられませんでした。けれど、それがこの作者の持ち味なのでしょう。そして、この程よい軽さとクールさは、多くの読者を獲得する可能性を持っています。作者はおそらく器用な方なのでしょうから、他の題材の作品をもっと読んでみたいです。


石田 衣良 (いしだ・いら)

選考会は二度目だけれど、残念ながら今回は低調だった。去年の候補作が今年にまわっていたら大賞だったのにという声があがったくらい。来年はぜひ、力のこもった新鮮な作品を。恋愛に終わりがないのなら、恋愛小説にも限界はないはず。いっそう努力してください。

『それがきみならいいのに』。携帯小説でも文章はもうすこし簡略で読みやすい。自分は繊細で鋭敏だが、他者はすべて鈍感で野蛮では、世界観が幼すぎる。

『かたびらの調べ』。自分の観念とイメージを読者と共有するには、もっと緻密さと設計が必要。腕力はあるので、もう少しリアルな小説にチャレンジしてみては。

『私の、欲しい、暮らし』。二重構造の物語だが、途中から混線してしまった。異様な迫力はあるのだけれど、恋愛や欲望を客観視する視点が、主人公には必要なのではないだろうか。

『あたしとひぐっちゃん』。中年男の生活感がゼロ。視点のスイッチも効果が薄い。ハードボイルド風の展開にもスリルが欠けていた。もっと恋愛に焦点を絞ったほうが引き締まったと思う。

『愛し』。独り合点の多い文章。惚れ薬と惚れ草という小道具が、あまりにお伽噺にすぎた。生涯の恋人も元プロ野球選手という設定以外、まるで魅力が伝わらない。

『ウォー・クライ』。淡々としているが文章は達者。主人公はクールだけれど、ときおり見せる心情に優しさがある。この作品だけ登場する男性キャラクターに血がかよっていた。不満点は多いけれど、相対評価では一歩抜けていたと思う。せっかくのチャンスなので、作者は休まず、つぎの山に登頂してください。


白井 恵美子 (しらい・えみこ)

今回は異性、脇役の描写の重要さを実感した。

『ウォー・クライ』。とにかく主人公リカのキャラが立っていて、物語全体の雰囲気も終始ブレていなかった。無駄の無い洗練された文章で、カッコいい小説だなという印象を受ける。欲を言うなら、もう少し、恋愛において「浸る」や「醍醐味」のようなものを感じたかった。

『愛し』。惚れ草は見つかるのか、彼をモノに出来るのか、最後まで一気に物語に引き込む力がある。ただ、それほど好きな岳が、どういう人物で魅力なのかが説明不十分だったように思う。魅力的な異性を描くと読者の感情移入度も違ってくるのではないか。

『あたしとひぐっちゃん』。丈一の好きな鏡子などの異性の魅力、人物、情景の細かい描写が欲しかった。そうすれば丈一がさらに愛すべきキャラになったように思う。終わり方がうまく、読後感が良かった。

『それがきみならいいのに』。年の差恋愛の辛さがひしひしと伝わってきた。終盤の手紙の件では、涙が出るほどだった。

『かたびらの調べ』。独自の世界観を作り出したといえば、今回一番だろう。独特の表現も多いので、もう少し説明があれば物語に引きこめたのかもしれない。

『私の、欲しい、暮らし』。文章構成の高度さを感じた。それが結末につながっていればさらに良い作品になった、と思うともったいない。


上村 祐子 (うえむら・ゆうこ)

ラブストーリー大賞を選考するにあたって一番ポイントとしていることは、「こんな恋がしてみたい!」って思わせてくれることです。文章のテクニックなどは素人なのでわかりませんが、「恋」する気持ちはアラサーの私にも少しはわかるので。

今回、一番素敵だと思った「恋」が『ウォー・クライ』藤崎真生さんの作品でした。27歳の数学教師と女子高生の恋。いいじゃないですか! 憧れます。ヒロインの小悪魔的なところが魅力的だったし、友達や親との関係などフラットな表現が現代的な感じがしました。大賞はこの作品しかないと思いました。

『あたしとひぐっちゃん』は、探偵・ひぐっちゃんがとてもキュートで個人的には好みの男子でしたがもう少しラブが欲しかったところです。

『愛し』は、惚れ草という秘密兵器は欲しいなぁと思いました。

『かたびらの調べ』は、筆力に圧倒されました。

『それがきみならいいのに』は、全作のなかで一番リアルな感じがして、切なくなりました。「恋」には切なさが必要ですものね。

『私の、欲しい、暮らし』は、タイトルが好きです。タイトルは大事です。売れる本はタイトルにひっかかるものですから。

今年もいろいろな「恋」を読んで胸がいっぱいです。今回のラブストーリー大賞は一方通行な「恋」が多かったので、せめて小説の世界だけでも「両想い」のものを読みたいと思っております。