第二次選考その他の作品
『たいくつな恋』 浅春 かなた
『たいくつな恋』は、恋人との幸せな結婚を控えたヒロイン葵が、別の男性に恋をしてしまうことでドロドロの復讐劇にまきこまれる恋愛小説。
「ほのぼのとした題名に表されるような冒頭のすべり出しとは裏腹に、昼ドラも真っ青な愛憎劇に突入していくあたりに驚かされた」、「物語を盛り上げよう、 作り上げようという意気込みや意識の高さが感じられる作品」と好意的な評価の一方、「キャラクターの行動が現実離れしていて設定が甘い」、「不治の病、堕 胎、殺傷事件といった不幸の要素が詰め込まれ過ぎて、ストーリーの流れが性急すぎる」との意見もあり、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『風鈴街』 中山 閑賀
『風鈴街』は、“風鈴街”と呼ばれる桃源郷に住むヒロインまりもが、恋人のヒカルとともにそこを脱出しようとして失敗したことにまつわる一連の事件を、幻想的に、そしてある意味グロテスクに描いた意欲作。
「独自の世界を隅々までリアルに構築し、その中で破綻なく物語を展開させることができるハイレベルな作品」、「閉鎖的な状況下で起きる人間の異常性がよく表現されている」と、その独特な世界観を評価する声は高かったです。
ただ、「独特であるがゆえにわかりにくい文章表現が多く、ストーリーの構成も場当たり的で無駄なシーンが多い」、「読み手を選ぶ作品。もう少しサービス精神を発揮して、多くの読者を獲得する努力をしてほしかった」との意見も多く、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『オキナワ・ダウンタウン・ブギウギ 』 荻野 美和
『オキナワ・ダウンタウン・ブギウギ』は、離婚寸前の家庭から逃げて沖縄に父親探しの旅をする努と、裏社会でたくましく生きる娼婦たちやヤクザらの紛争などが交錯するドラマチックな作品です。
「沖縄の街の風景や雰囲気、戦争の歴史が、物語の間に上手に差し挟まれている」、「ドラマチックな展開で飽きずに読ませる力強さがある」と、文章力、物語の構成力は高く評価されました。
しかし、「生き生きと描かれているキャラクターがいる一方、ストーリーに引っぱられて不可解な行動をしたり、存在感が薄いキャラクターが多いのが残念」という意見も多く、通過には至りませんでした。その一例として「最後まで自分探しをし続け、自分の力で結論を勝ち取ろうとしない主人公の努のキャラが弱い」、「女性たちが運命に対して受け身で、古い価値観にとらわれている」などの指摘がありました。
→ 一覧へ戻る
『永遠のボーイフレンド』 刃奈上 拾
『永遠のボーイフレンド』は、愛する父のために恋を断念する女性、脳内彼氏に心奪われて現実の男性に恋できない女性、知的障害を負うため健常者の女性との恋を表現できずにいる男性と、“叶わぬ恋”に悩む人々を描いた短篇集。
「人と関わることが絶望的に不可能な人達が、少しずつ他者と心を通わせ、心を開いていく過程が丁寧に描かれている」と好評でしたが、「エピローグで三つの物語のつながりを試みてはいるものの、成功しておらず、小粒な印象を受ける」との意見も強かったです。「1作目の短編が面白かっただけに、このテーマをもっと深く掘り下げた長編を読んでみたい」との意見もありました。
→ 一覧へ戻る
『菓子ほどにもろく、悪魔なんかにとらわれるな 』 中居 真麻
『菓子ほどにもろく、悪魔なんかにとらわれるな』は、近親相姦をテーマに、愛憎の入り交じった人間模様を乾いた文体で描きあげた力作。
「魂を奪い合うような愛し方、どろどろとした親子の確執、救いのないラスト、好き嫌いが分かれるところだが、人間の負の感情を緻密に描く文章力は素晴らしい」と、その圧倒的な文章力に評価が集まりました。
「登場人物全員が愛に飢えている作品というのも珍しい。ちっとも満たされることがなく、その渇きがそのまま次の世代に受け継がれていく救いのなさが、この作品の魅力」と、この作品の暗さを好意的に評価する意見もありましたが、その反対に「虚無的で意地悪なたくらみをストレートに吐露するのではなく、ほのぼのした平和的な世界観の中でそれを描くといった“ひねり”がほしかった」という意見も強くありました。
また、「章を分けて時制が過去から現在へと飛ぶだけでなく、同じ章の中で視点がコロコロ変わる。読者は今読んでいる部分がどんな視点で描かれているのか混乱し、何度もあとを振り返ってそれを確認しなくてはならない」と、その文章の構成の仕方にも難点が指摘されました。
→ 一覧へ戻る
『硝子のラビリンス』 村田 真奈美
『硝子のラビリンス』は、同性ながらお互い引き合う心に戸惑う女子高生の彩加と沙希と、喫茶店を営む拓海との間に揺れ動く心理を、詩情豊かな文体で描いたラブストーリー。
「美しい文章で思春期の少女を活写している」、「心に傷を負った彩加と、子どもの頃の悲しい思い出に捕らわれている拓海が心を通わせるシーンが温かくて印象に残った」など、その文章力には高い評価が集まりました。その一方、「章ごとに登場人物の視点が変わって、その内面が語られるため、物語全体が説明的」という意見があり、「できれば拓海という虚無的な男性に視点を固定し、少女ふたりの揺れ動く心を彼の目で描いたほうが効果的だったのではないか」という意見には多くの選考委員がうなずいていました。また、「彩加の危うさの原因が家族との関係性にあることを明かすラストに共感がわかない」という指摘もありました。
→ 一覧へ戻る
『難破船は遡上を始める』 狩野 なおき
『難破船は遡上を始める』は、失恋による心の痛手の癒えないJJが、ふとしたことから出会ったTMから、ミサという女性をあてがわれ、さらに怪しげな組織の活動に巻き込まれていく様を思弁的で難解な文体で描いた異色作です。
「エピソードやメタファーに謎が多く、登場人物のつながりも分かりづらい部分があり、何度か繰り返して読んだが、ある意味、“繰り返して読むに足る不可思議な魅力”を持っている作品だと思った」、「『比較することだけが罪なのだ』など、文中ふんだんにちりばめられたアフォリズムが効果的」と、熱狂的に支持する委員と、「傑作なのか駄作なのか、なんとも判断のつきかねる」、「凝った言い回しをする箇所があるかと思えば、雑な表現で済ませている箇所もあり、全体の統一感がないのが残念」と、その難解さへの批判も多く、評価は真っ二つに分かれました。
結果的に「ドストエフスキーの本歌取りをしている部分など、読書慣れしている人には理解できるが、原典をほのめかすような導線は引かれていない。“わかる人にはわかる”というサービス精神の欠如がこの作品の難点」という意見にうながされて、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『隻眼の女』 鎌田 昭成
『隻眼の女』は昭和30年代、上野に集う浮浪者たちの群れに身を投じた自衛隊あがりの悠太の生き様を通じ、戦禍で隻眼となった娼婦、春美との交流を骨太でリアリティのある文体で描いた力作です。
「頭から引き込まれて、最後まで飽きることなく一気に読んだ」、「社会の最下層にあふれかえる性と生へのグロテスクなまでのエネルギーと、そこに生きる者の純情に圧倒された。社会の誰かが決めた“格差”という概念に一喜一憂している現代人への強烈なアンチテーゼ」と、作品としての完成度に対する評価は群を抜いていました。
が、「人間の“業”とでもいうべきものがむき出しで呈示されている本作品を、“ラブストーリー”として推すことに抵抗を感じる」という評価は根強く、惜しくも通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド』 高堂 学
『ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド』は、トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』を下敷きに、奔放な女性ホリーと“僕”、そして元カメラマンでバー・ラファロのマスターの恋愛を洒落た文体で描いた良作です。
「アメリカ文学を読んでいるようなキレのある文章がいい」、「ニューヨークと銀座の街を舞台に洒落た会話を楽しむ男女の美しいラブストーリーに仕上がっている」、「豊富な知識とセンスに満ちた作品」との評価が集まりましたが、「後半のストーリー展開が性急で、マスターが意中の女性と結ばれるいきさつが駆け足すぎて素っ気ない」、「現在の大半が主人公“僕”によって語られるスタイルのため、後半の感動がうまく伝わってこない。特に、マスターがホリーの登場によって悲しみを克服する過程は、“僕”があらすじ調で説明するのではなく、じっくりと描かれるべきだった」との意見もありました。また、「日比谷公園をセントラルパークに見立てるという感性に、安っぽいものを感じてしまった。これほどの文章力があるのだから、ニューヨークを舞台に“大人のファンタジー”として描いたほうがよかったのでは?」との意見もありました。
→ 一覧へ戻る
『こげめのごとく』 佐藤 千鶴
『こげめのごとく』は、恵まれない家庭環境にいるヒロインのチコが、御子宿菖蒲という金持ちでイケメンの家庭教師に救われ、癒されていく願望小説です。
「切羽詰まった状況に置かれていたチコが、菖蒲と一緒に過ごすうちに閉ざしていた心を開き世界を変えてゆく過程は、まさに女性の願望を映し出すファンタジー」、「純粋さと妖しさと二つの顔を持った不思議な小説。幼馴染を殺してしまった原因が催眠術だったり、段ボール箱いっぱいの煮干しが送りつけられることで暗雲をほのめかしたり、エピソードを作り出す発想力に感心した」などの評価が集まりました。
一方、「チコが猛勉強をして全国一位を達成する第一幕、菖蒲との恋愛が語られる第二幕、アキという絶対悪との対決が描かれる第三幕との間に関連性がない」、「クライマックスをアキとの対決にするならば、前半部で伏線を張っておくなどの工夫をすべき」と、ストーリー構成の弱さに物言いがついて、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『珍獣の諸々』 沢木 いっちゃん
『珍獣の諸々』は、男子学生率99.9%、超低偏差値の極楽大学に入学し、2000人の男子の目にさらされながら「珍獣」として生きるヒロイン・淳のハチャメチャなキャンパスライフを描いた爆笑恋愛物語。
「個性的な登場人物を次々に登場させて、女同士の足の引っ張り合いをおもしろおかしく描いたユニークな作品」、「展開がスピーディーで、飽きずに読ませる前半部の勢いは買い」と好評でしたが、「登場人物がどんどん増え、読んでいるうちに誰が誰だか分からなくなってくる。無闇にキャラクターを増やさないようにするか、呼び名や特徴を変えて区別するなどの工夫が必要」、「前半の勢いが、後半に急速に失速し、よくある“イイ話”に落ち着いてしまったのが残念。おそらく、著者の中で“ちゃんとした恋愛小説にしなくちゃ”とブレーキがかかってしまったのではないか」といった指摘があり、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『青空と雨の向こう側』 中川 つちか
『青空と雨の向こう側』は、どしゃぶりの雨の中で出会った男女の間に交わされる洒落た会話と、ふたりの意外な境遇を解き明かす過程が心地よい読後感をうむ演劇的な作品です。
「テンポのよい会話で有無を言わせずに物語に引き込むのが本作の魅力」「古ぼけた黒い傘とビニール傘などの小道具がうまく生かされ、ラストでその意味が明かすシーンにうまくつながっている」と、物語の構築力は高く評価されました。が、「エキセントリックなヒロインに振り回される男性という設定には、“どこかで見たことある”感がぬぐえない」、「戯曲をそのまま小説に移し替えたような作品。小説よりも劇場の中で演じられるほうが面白そうだと思わせてしまうところにこの作品の弱さがある」と、オリジナリティと物語のスケールの小ささに難点が指摘され、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『あなた無しではいられない…』 稲垣 都史夫
『あなた無しではいられない…』は、幸せな結婚生活を送る主婦の早智が、15年前の交通事故で左脚が不自由になってしまった過去をやり直し、新しい人生を歩もうとするタイムスリップ物語です。
「過去の自分に戻ることで、周囲の人物の気づかなかった思いやりを知るという構成に心温められた」、「登場人物が優しく、温かく、読後感もさわやか」、「ラブストーリーらしいラブストーリー」と、そのほのぼのした作風は高く評価されましたが、「描写力に稚拙さが感じられ、情景をうまく思い浮かべることができずに読みにくい」「擬音語の使い方など、文章のスキルという点で今一歩」と、その文章力に難点が指摘されました。さらなる研鑽を期待します。
→ 一覧へ戻る
『気まぐれな神様より〈リバース〉』 菅野 秀晃
『気まぐれな神様より〈リバース〉』は、瞬間移動してお互いの位置が入れ替わってしまう男女のドタバタ劇を通じて、漫画家を志す若者たちのレトロな青春を描いたさわやかな物語。
「主人公の友人の黒川、その彼女のビオレッタなど、登場人物がそれぞれ個性的で愉快。無骨なようでいて友情に厚く、繊細な主人公のキャラクターに好感が持てた」、「会話のテンポも良く、何度も爆笑」、「主人公を思わず応援したくなる好感度の高い作品」と、巧みなキャラクター造形とコミカルな作風に高い評価が集まりました。
その一方、「“位置転換によって起こるドタバタ劇”と、“漫画家のタマゴたちの青春群像”というふたつのモチーフがうまく生かされておらず、ちぐはぐな印象。どちらかに力点をしぼったほうがよかったのでは?」、「作中で漫画家を目指す主人公が編集者に言われるセリフがそのまま当てはまる。“それなりにまとまっているし、テンポも悪くない。山場もあるし、オチもついている。作者のメッセージだってちゃんと伝わる。だけどね、決定的な何かが欠けているのよ”。プラスαがあればと惜しまれる」との意見もあり、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『飄雪』 吉田 圭
『飄雪』は、反日感情うず巻く中国に、日本語教師として赴任したヒロインが、日本人ビジネスマンとの不倫に悩む姿を切々と描いた長編小説。
「現代の中国の世情が抑制された筆致で描かれている」、「訥々とした語り口の文章は、静かで切なく、時に緊張感もあってハイレベル」と、中国という題材に興味を引かれ、イッキ読みした委員が多くいたようです。
その一方、「戸惑いながら異国で暮らすヒロインのキャラクターには好感が持てるが、常識の範囲内でしか行動できず、つねに不倫相手の顔色をうかがう受け身な態度に終始する点に小説としての弱さを感じる」、「堪え忍ぶヒロインの感情が爆発するクライマックスを期待していたが、期待はずれに終わってしまった」など、恋愛小説として読んだ場合、少々の物足りなさが感じられ、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『ラジオネーム』 荒川 輪歩
『ラジオネーム』は、1970年代の東京・新大久保周辺を舞台に、中学3年生の竜男が、転校生の鈴子に恋するワクワク感を懐かしく描いた青春小説。
「ラジオのディスクジョッキーが若者の代弁者だった時代を生き生きと描いている」、「物語自体はありきたりの青春の一コマだが、上手に切り取ることで作品化に成功している」、「人物や風景などの描写に気を遣い、構成をきちんと考え練ったことが窺えるところに好感が持てる」と、作品全体の安定感は高く評価されました。
その一方、「家庭に問題を抱え、悩む転校生のヒロイン」が、「絵に描いたように類型的」との批判もありました。「以前、似たような小説を読んだような気がして、最高点はつけられなかった」という委員が多く、平均点に終わってしまいました。
→ 一覧へ戻る
『いとし、恋し、あやかし』 猫又 珠子
『いとし 恋し あやかし』は、大食いギャルとして売り出し中の「二口女」、ハウスクリーニング業をいとなむ「アカナメ」、雨を操る「小雨坊」、「猫又」の珠子さん、鬼族の大将の「闘鬼」など妖怪たちが活躍するファンタジー小説。
「次々に登場する妖怪達はみな、ユニークでオリジナリティ豊か。人間になりたいクチメの切ない気持ち、呪いでブスになった姉サキを思う弟の良太など各々の設定も面白い」、「軽快な文章で読みやすく文体も非常にキュート。エンターテインメント作品の書き手として、かなりの芸達者」と、その文章力には高い評価が集まりました。
しかし、「よくまとまっていて面白いけれども、世界観は『しゃばけ』シリーズや『地獄先生ぬ~べ~』に似たものだし、妖怪たちとの戦いに至る後半部は『ゲゲゲの鬼太郎』や『妖怪大戦争』にも似ている。個性や新しさを感じられなかった」と、オリジナリティについての批判が相次ぎました。「第一章の『二口女の恋』がとても面白かっただけに、彼女をヒロインとした長編小説として構成しなおしてはどうか」との提案もありました。
→ 一覧へ戻る
『スウィートペイン=シンドローム』 みなもと 友紀
『スウィートペイン=シンドローム』は、27歳で童貞の主人公、岸川徹也が勤務先の塾の生徒、亜紀とつき合うことによって生じる葛藤を描いた恋愛小説です。
「ネットおたくのさえない男の話と思って気後れしたが、読んでいくうちに彼の素朴さ、誠実さに魅かれた」、「男性の書き手ながら、ヒロインの亜紀がリアルで魅力的に書かれているところに非凡さを感じる」と、そのキャラクターにひかれた選考委員が多くいたようです。
が、その一方で問題になったのが「改行もなく、だらだらと続く会話文」。「まるで、そこで交わされた会話をそのままテープ起こししたような内容。書くべきセリフと、書かないセリフとを選り分け、読者を効果的に感動に導いていくのが本来の“人に読ませる”ということ。この作品は、その努力を放棄している」という厳しい意見がありました。「“書きたいことを全部書く”ことから脱し、抑制や引き算を覚えて再挑戦していただきたい」とのメッセージもありました。
→ 一覧へ戻る
『風の歌が聴こえたら』 中田 峻裕
『風の歌が聴こえたら』は、高校中退でフリーターの隼人が、高学歴の女子大生のあすかとの恋に悩むボーイ・ミーツ・ガール小説。
「今と将来の自分について悩み考える20代中盤の若者の気持ちと姿が、すんなり読み手に伝わってくる」、「主人公と女性、仕事場の同僚たちなど、登場人物に親しみが持てるのは、きっと著者の視点が優しいからだろう」と、作者のまなざしに好感を持った委員も多かったですが、同じ点で「登場人物のほとんどが“いい人”で、話の起伏に欠ける」という指摘もありました。
また、「母の死や恋人との幼い頃の出会いなど、多くのエピソードを詰め込み過ぎで、盛り上がる場面に欠けた」、「格差社会のワーキングプアたちを活写するという意識が見られず、高いテーマ性を感じられなかった」との指摘もありました。
→ 一覧へ戻る
『蜂蜜レモンミルクティー』 坂城 透
『蜂蜜レモンミルクティー』は、血縁や地縁の深いコミュニティに住む人たちの中で、お互いの愛情を再確認していく新婚夫婦の心の揺れを、静かでほのぼのした独特の文体で描いた異色作。
「ほのぼのしたムードを通り越して、なんとも奇妙な味わいの作品。ヒロインの肝の据わりようがある意味で怖い」、「静かでどこか懐かしい文体、クスッと笑える小気味いい会話。主人公をはじめ登場人物たちの、ふわっとした柔らかさや優しい気持ちは読み手にしっかり伝わってきた」と、作品全体のオリジナリティあふれる世界観には高い評価が集まりました。
その一方、「登場人物それぞれに焦点をあてた各章が短く、断片的に過ぎる。シーンを切り取って並べていくという方法はあえて意図したものだろうが、あまりに“ひっかかり”がなく、十分に成功しているとは言い難い」、「桜庭一樹の『私の男』のように、章を追うごとに現在から過去へと時制が逆に進んでいく方法にも必然性が感じられず、読者は今読んでいるのがいつの時代に起こった出来事なのか、しばしば混乱してしまう」といった構成上の致命的な問題が指摘され、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『アイ・キス・ミー』 平 幸一郎
『アイ・キス・ミー』は、「負け組」意識の強いフリーターのヒロイン恵理子が、別の次元からやってきた自分自身(彼女は男装して男になっていた)と出会うことで、現在の自分を反省し、成長していくSF調の物語。
「次元跳躍装置という着想の面白さをはじめ、顔面偏差値、ネットラジオなど時事に即した小道具の選び方にもSFものの書き手としてのセンスを感じる」、「異次元からやってきた自分と暮らすうち、僻みっぽかった主人公の心が少しずつ女性として成長していく過程が分かりやすく描かれていた」といった意見の一方、「とりたてて大きな破綻はなく、まとまった作品だが、その分、新鮮さや驚きに欠ける感がある」という反対意見もあり、評価はふたつに分かれました。
また、「登場人物が“レズ”、“イケメン”、“性格ブス”という属性のもとで作られているので心理描写に深みが欠け、“心の成長”というテーマによる感動がうすくなってしまった」、「ミュウの悲惨な過去などは少し詰め込み過ぎで、中盤から物語が駆け足になってしまった」という意見もあり、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『トランスゲイ』 小夜 時雨
『トランスゲイ』は、体は女だが、心は男。しかもその心の男はゲイであるというトランスゲイのヒカルが、ゲイの智也に恋したことをきっかけに起こる葛藤を描いた異色のラブストーリーです。
「ヒカルが智也に髪を切ってもらっている冒頭のシーンで惹き付けられた。恋愛小説らしいムードをきちんと構築できる文章力は高く評価したい」と、その文章力が評価されたほか、「“トランスゲイの恋愛”というテーマ設定の斬新さ」に注目が集まりました。が、「その苦悩がリアルで、同じ立場でもないのに共感して読んだ」とする意見と、「恋愛物語としては平凡でおとなしいものになってしまった」という、相反する意見が出ました。
結果的に、「トランスゲイという設定にするならば、マジョリティのノーマルな恋愛観をくつがえすような展開を期待してしまう。その期待に応えてほしかった」という意見が大勢を占め、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る
『不機嫌バニー』 榊 セイジ
『不機嫌バニー』は、精神を病んで自殺未遂の末に入院しているサエと、彼女を恋人として待ち続けるフリーターの公平とのもどかしい恋を描いたラブストーリーです。
「公平の奮闘ぶりには、“がんばれ! いい人”とつい共感してしまう。ヤンデレ小説の傑作」、「公平のバイト先の社長、店長、店員ら、人物の描き方が巧みで生き生きしている」、「現代版『ノルウェイの森』として評価できる」と、主に男性の委員から熱狂的な評価があったものの、「公平は、サエが入院している病院の外からひたすら待つのみで、『ノルウェイの森』の主人公と比べると受け身で消極的に過ぎる。それが感動を薄いものにしてしまった」、「題材は面白いが、心を揺さぶられるようなものはなかった」、「結末は名シーンだと思うが、そこで何が起こったのかがわかりにくく、読後にモヤモヤが残った」、「サエがなぜ自殺するまで精神を病んでしまったのかを、後半、中国人留学生のエピソードで説明しているが、説得力はなく、無駄なエピソードであるように感じた」などの意見もあり、通過には至りませんでした。
→ 一覧へ戻る