第二次選考作品詳細

『かたびらの調べ』 中山 閑賀

『かたびらの調べ』は、「生壁こし」によって幾度も新しい体を得て生まれ変わる「椰々子」と呼ばれる人物たちを通じ、大人とは何か、愛とは何かについて迷いながら成長していく過程を描いたファンタジーです。
「特異な世界観で一つの物語を構築してみせる筆力に圧倒された。作者の並々ならぬ個性と情熱を感じる」という意見が大多数で、「否応なしに独特の世界に引きずり込まれた」と、この作品のオリジナリティに評価が集まりました。
その一方で「ストーリーが複雑で、一読しただけでは、登場人物がいつの時代の誰なのかがつかみづらい」、「不要な登場人物がいる一方、子供として生まれ変わる道を選ばなかったラキの恋人が一度も登場せずに終わるというのは物語として弱い」、「ある意味、読む者を選ぶ作品をラブストーリーとして推すことにためらいを感じる」といった意見もありました。
それでも、「『生と死』という普遍的なテーマを扱い、それをファンタスティックなメタファーの重なりあいで表現しえている点に、物語作家としてのレベルの高さを感じる」との評価で通過作品として選ばれることになりました。
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『あたしとひぐっちゃん』 サクライ マサミ

『あたしとひぐっちゃん』は、自称探偵の中年男、樋口丈一と、小学6年生の少女みずきの凸凹コンビが、離婚した夫婦の間で心揺れる少女ゆきのために奮闘する物語。
「安定した文章と巧みなユーモア、飽きさせない展開で安心してストーリーを楽しめた」、「みずきと丈一の微妙な距離感が二人の会話から伝わり、微笑ましくもあり、甘さとほろ苦さが混じった良質のストーリーに仕上がっている」と、構成力のみならず、文体やセリフの書き方にも高い評価が集まりました。
欠点としては、「自称探偵とはいえ、丈一の捜査や事件の解決方法は少しお粗末」、「ラストに解読される暗号には、もう少し工夫が必要」、「鏡子という女性の存在感が曖昧で、“双子の兄弟に愛される女性”というモチーフがうまく生きていない」といった意見がありましたが、小説としての完成度、安定感は群を抜いており、通過作品として選ばれることになりました。
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『ウォー・クライ』 藤崎 真生

『ウォー・クライ』は、自校の数学教師、高木とつきあっている高校二年生のリカを主人公にして、大人になることのためらいと、生と死の間を揺れ動く心理をみずみずしく描いた青春小説です。
まず、「主要な登場人物が突然の交通事故によって死亡するというストーリーは、青春ドラマにありがちで白けた」と何人かの委員によって指摘されましたが、その一方でこの作品を高く評価する意見も多く集まりました。
「情景描写、心理描写、会話、エピソードなど、読ませるべき技術を充分に備えた作品」、「若くて、健康で、それでいて毒があって、残酷なヒロインの魅力に圧倒された」、「文章全体に無用な感情吐露がない分、リアリティーがあり、登場人物たちの関係性や空気感が素直に伝わってきた」といった具合にほぼ満場一致で通過作品に選ばれました。
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『私の、欲しい、暮らし』 杉山 未来

『私の、欲しい、暮らし』は、森の奥で夫と二人だけの満ち足りた暮らしをしている女性と、都会で恋多き生活をおくる女性のふたつの物語が交互に語られる連作小説です。
「女性が恋愛に求める『安定』と『刺激』、その矛盾に切り込んだ意欲作。これを『自然』と『都会』という異なる舞台設定でわかりやすく伝えることに成功している」、「知的な構成とセンスのある文章に引き込まれた」との評価の一方、「うまいだけに『もっとこうしたらいいのに』という欲が出る」との意見も多く出ました。それは、「森の女と都会の女の物語には強い関連性があり、最後に叙述ミステリーのような驚きの結末が待っていると期待していたがそうはならず、結局ふたつの中編をひとつにまとめただけの作品になってしまった」という意見に集約されます。
ただ、「独特な世界観を描く文章力には無視できない魅力がある」という意見も多く、通過作品となりました。
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『それがきみならいいのに』 大島 怜也

『それがきみならいいのに』は、ヒロインの「私」が、5歳年下の少年との恋愛と死別などのエピソードによって思い悩み、最後に救われるまでの物語。「私」が少年に「きみ」と呼びかける二人称小説です。
その文体については、「エンタメ小説を作る上でハードルが高いと思える二人称で、最後まで読ませる力は、たいしたもの」という評価と、「この文体のせいで構成が平板になり、物語の流れも若干わかりにくくなってしまった」との評価のふたつに意見が分かれました。
その一方で「この物語には、生きて行くこと、人と関わっていくことの困難さや痛み、祈り、切なさがヒシヒシと伝わってくる。何度も泣かされた」とこの作品を強く推す意見もあり、その声に引っぱられるようにして通過となりました。なお、作中に挿入される既成曲の歌詞は「削除するべき」との意見が圧倒的でした。
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『愛(かな)し』 千梨 らく

『愛(かな)し』は、姉の夫である岳に恋した20歳の春陽が、煎じて飲ませた相手の愛を得ることができるという「惚れ草」の存在を知り、岳にそれを使おうかと思い悩む心理を描いたファンタジー小説。
「惚れ草というファンタスティックなモチーフを使いながらも、それがうまく現代のストーリーに組み込まれていて違和感がないのは見事」、「好きになってはいけない人に恋した春陽の葛藤が印象的。幅広い年代の女性の共感を得られる作品」という高評価の一方、「惚れ草を探しに行くまでのエピソードが非常に長く、ダレ場が多い。惚れ草を使ってしまった後のエピソードをクライマックスにもってきて、後半部に動きをつけるなどの工夫が必要では」、「ラストの種明かしで『実は双子の兄弟がいた』となる展開は強引でアンフェア」という意見もあり、評価はふたつに分かれました。
が、恋愛小説として、推理小説として、はたまたファンタジー小説としての面白さには捨てがたい魅力があり、通過作品に選ばれることになりました。
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