第二次選考総評

梅村 千恵

どの作品も最後まで読ませる力があり、水準の高さを感じました。しかし、「この作品、本当に小説じゃないとダメ?」と疑問を感じた作品があったことも事実。

コミック、映像、ゲームなど、「物語」を表現する手法には様々なものがある中で、言葉だけで世界を作り上げていくという「芸」を追求しているかどうかという点が気にかかりました。その意味では、17歳の著者の『クレイジー・ジェントルマン』は意欲作だと思います。

もう一点、少なからずの作品が、「恋をする」ということを、自己成長の手段として捉えているように感じます。
確かに、恋愛には、そういう側面もある。しかし、それだけなら「美しくなるために恋をしよう!」と煽っている雑誌の謳い文句と変わらない気がするのです。恋愛というものは、もっとどうしようもない不条理な感情だと思います。その「どうしようもなさ」を物語として突きつけてくれる作品を読みたいと感じました。
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國岡 克知子

時代を反映してか、一次選考を通過した30作品のなかで圧倒的に多かったテーマが介護関連の話と留学体験でした。
それぞれ読み応えがあるのですが、ラブストーリーとしての圧倒的な面白さと小説としての質の高さを両方兼ね備えることはたいへんに難しい。二次選考会でも話題になったのはその点です。

いくつもの作品に関して、「ここを直せばすごくいい作品になるのに、惜しい」という声が出ました。
ミステリ風の作品に限らず、一般的にいえることですが、作品として論理の破綻がないかどうか、矛盾点を最後に自分で検討してみることも必要かもしれません(矛盾や破綻がいくつかの作品で指摘されていました)。

また、かなり質の高い作品にも、誤字が多いのには驚きました。推敲を重ねてください。
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坂梨 由美子

残念ながら大賞受賞候補にとくに推したいという作品はなかった。
決して今年の作品に力がなかったからではない。
読み応えのある物語性の強い力作や、筆力にうならされた作品はむしろ多かったのだが、それぞれ目をつぶれない欠点があった。

『化粧坂』、『永遠の薔薇の祈り』の構想力と特殊な設定に挑んだ意欲、『埋もれる』のリアリティあふれる重厚な筆致、『ファッキン・エンジェル』のドライで切れ味のある文章とみごとな客観化。この4作品は高い水準に達しており、楽しく読ませてもらった。非常に惜しい作品という印象だった。

また、短編集の『ハッピーエンド』と連作小説の『禧い棲むと人の言う』は、長編に比べてインパクトが弱いというハンディがあって、全体の評価は高くなかったが、話がよくできていて味がある。『紫色のスープ』は奇妙な作風で、文体に一貫性がないものの小説世界が個性的。『クレイジー・ジェントルマン』は、文章にセンスがあるので今後に期待する。
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下森 真澄

一次通過作品30本は、文章的にはどれもハイレベルで「プロじゃないのに、すごい」と何度も思った。
しかし、大賞作は書籍刊行が前提だ。第二次選考ともなると、「文章が上手い」というだけでは通過できない。選考基準は「この作品を書籍にした場合」「この著者がプロになった場合」を、すでに視野に入れている。書店でプロの作品と並べても、手にとってもらえるかどうか。カバーの装丁やオビの惹句が、すぐに思い浮かぶかなど。出版のマーケットを意識して、作品の評価を検討していく。

その中で、『埋もれる』は、どのカテゴリーでも高得点を獲得した。『私の結婚に関する予言「38」』と『時間管理人』は、「ここがちょっと」と言われる箇所があっても、数人に強力にプッシュされた。『parachute(パラシュート)』と『化粧坂』も難点があるのだが、過去の応募作にも力があり、毎年一本書けるということ自体が実力として評価された。

次回も頑張ろうと思う人は、自分の作品が書店に並んだ情景を思い浮かべて取り組んでみてはいかがだろう。その方が楽しいし、今までに気づかなかった自分の作品に足りない要素などがみつかるかもしれない。
また、今回目立って多かったのは、留学体験が元になったと思える作品だ。本人にとって強烈な体験なだけに、それらの作品にはインパクトと勢いがある。しかし、今現在の読み手にとって「古い」と感じる生活状態やシーンが多いのも事実。ここはたとえ10年前の体験でも、作品の中では、主人公はメールとブログを作り、IP電話を使いながら留学生活しているなど、今現在読む人との時間差をなくすアレンジと工夫が不可欠だろう。

もう一つ気になったのは、作中の、大切な人の急死、不治の病、レイプだ。これらいわば「劇的不幸3セット」を作品に取り入れるのは、損である。ストーリーが劇的になる(気がする)ので使いたい気持ちは分かるが、読み手からすると、途中まで面白いと思っていても、それらが出てくると「またか」と思う。あまりにも多いので、作品全体が一気に平凡なイメージに染まってしまう。もったいないです。

ここは一つ、「劇的不幸3セット」はあえて使わない、そう決めた上での工夫こそが、今後の上達のカギになるのでは思った。
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高嶋 千帆子

「人とたくさん話すこと」「弱さを受け入れること」「とにかく書き続けること」「自分を信じること」。

人気作家に「どうやったら面白い作品が書けるのか」と聞いたとき、よく答えに出るのは、この4つです。
今回、応募作品を読ませていただいてつくづく思ったのが、はしにも棒にもかからないという作品は意外に少ない、ということ。そのほとんどが、いいものは持っているのに技術的にあと一歩、という作品か、逆に、技術的には優れているのだけれど引っかかるものが何もない、という作品、このどちらかです。

小説は書き手の内面を映す鏡です。作者が魅力的な人じゃないと、人の心を動かす作品なんて作れませんよね。その意味で「いろんな人と本音で語り、自分の弱さを知った上で、他人の弱さを受け入れる」ことは、作家にとって必要なことなのでしょう。そして、技術面を磨くのに必要なのが、「書き続けること」。多くの作家さんが、デビューするまでに大量の小説を書いています。

先日、ある作家さんがこんなことをおっしゃっていました。「三島由紀夫になれるかどうかは分からない。でも、小説を書いて細々と食べていけるくらいなら、誰でもなれる。書き続ける情熱さえあれば」と。

今回、選考に残らなかった方、むかついても、へこんでも、どうか「自分を信じて」書き続けてください。後から考えると、あのとき選考に残らなかったことが逆によかった、なんてことも、この世界ではよくあることですから。
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広坂 朋信

二次選考の対象になった三〇作品は、いずれも一長一短があって、絞り込むのに非常に苦慮した。惜しくも選に洩れた作品のなかにも印象的な佳作があったので挙げておきたい。

幻想文学的なモチーフは、イマジネーションに見合った表現力や作品を構成する世界観が要求される。この課題をクリアしていたのは『バニラ&ワイルドダークチェリーパイ』、『鏡寧寺モラトリアム』、『紫色のスープ』で、いずれも独特の世界観と個性的な文体で非日常的な愛を描き出していた。

今回の応募作中かなりの作品が謎解きの要素を取り入れていたが、設定に凝るあまりかえって物語の興趣をそぐ結果になった作品も多かったのはまことに残念。わずかに『ラピスラズリの囁き』、『幸い棲むと人の言う』、『ママの恋人』がこの弊をまぬがれていたように思う。最後に、小説は文字で読ませるものである以上、どんなにストーリーが面白かろうが、文章の杜撰なものは評価が低くなる。
その点で『オカンの嫁入り』、『ひよこのリリィ』、『ハッピーエンド』、『東京プリン』のような、確かな文章力・表現力を感じさせる作品を読むことができたのは幸いだった。
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ボブ内藤

本年は「留学」や「介護」など、作品の題材にある種の傾向のようなものがうかがわれたものの、それぞれにオリジナリティがあり、最後まで読み手の興味を惹きつける作品だったことは頼もしい限りです。
また、前回、前々回と違った傾向として、大胆な性描写に果敢に取り組み、「愛と性」というテーマを深く掘り下げようとした作品が多かったことにも感心させられました。今後、大賞の最終選考ならびに、エイベックス・エンタテインメント賞、ニフティ/ココログ賞、ふたつの副賞での審査で、どのような作品が選ばれるのか、とても楽しみです。

最後に添えておきたいのは、1編の長編小説を書き上げるという大変な作業について。昨年の総評でも書かせていただきましたが、一度書き出した物語を最後まで書き上げるには、大変な努力を要します。おそらく多くの方が、そこにたどりつく前に挫折してしまっているだろうことを思えば、今回の529作品の作者すべては新人作家としての貴重な財産に恵まれた方だと思います。
今後、できあがった作品を推敲し、新たな作品を生み出す糧にしていただけるのであれば、選考に携わった者として、これ以上の喜びはありません。
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