第一次選考通過作品詳細

『ラピスラズリの囁き』 中森 泉

就職活動を控え将来に漠然とした不安を抱いていた大学生の麻由は、ある日突然、高名な画家・宮野原公一の遺作を譲り受ける。麻由の父祐志と公一とは、昔パリの美術学校で同級生だったというのだ。知られざる父の足跡を求めてパリに渡った麻由は、リュックという青年と出会い、恋に落ちる。父が描いた「もう一枚の絵」と対になる公一の遺作に秘められていたのは、下宿の管理人の娘マリアンヌと祐志・公一に繰り広げられた悲しい恋の真相だった。


選評

はじめて聞く亡き父の過去と彼の芸術に対する思いを知らされ、その跡をたどっていく娘。彼女もまた、諦めきれない芸術への思いをかかえており、留学から帰国した父がその後、自分が将来を嘱望された画学生であったことや、過去の希望や恋などをいっさい語らずに妻と娘のために生きて死んでいった理由を「知りたい」と願う。感傷的な筆致になりやすい設定だが、父や主人公の人となりを伝えるエピソードはよく練られて抑制が効いている。主人公がパリをめぐる描写も、単なる観光案内にも軽薄さを軽蔑する衒学的な描写にも堕しておらず、現在のパリを心地よく伝えるものとなっている。二人の画学生の性格とその作品の違いも効果的に使われて読者を誤導し、真相が明らかになったときの解放感を大きくする。 実らなかった亡き父の恋を経て、主人公の恋が成就し、未来への希望が示される結末もあたたかい。 しかし、欠点もある。1970年のパリで展開される祐志と公一とマリアンヌの描写に60年代後半~70年代の時代の雰囲気をもう少し取り入れて読者を引き込むこともできたのではないかと思った。また、安易に登場人物の外面的な美しさへの言及があるために、青年時代の祐志と公一とマリアンヌが魅かれあった互いの本質の魅力が、あまり正確に伝わってこない。結末近くのとある人物による短い「回想」は違和感が大きい。 それでもこの作品を一次選考通過作として推すのは、ストーリー構成の巧みさに可能性を感じ、「小説」を読む根本的な楽しさを感じたからである。過去と外国への旅を経て「成長」し、あらたな人生へ踏み出していく主人公に、心からの賞賛の言葉をかけたくなった。

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