第一次選考通過作品詳細
『紫色のスープ』 石井 惠太郎
画家を目指す恭吉は、疎遠になった母に招かれた長唄の会で、清楚な女性・みつと出会い一目惚れする。みつを捜し再会を果たした恭吉は、祖父の介護に追われる彼女と生活をともにする決意を固める。お互いを支えあい、労りあいながら、純愛を貫く不器用な二人。だが、祖父の病状は悪化の一途を辿る。介護を中心とした生活は二人の心身を容赦なく痛めつけ、心の内に様々な思惑が現れては消える日々を過ごす。やがて介護という地獄絵図に取り込まれた二人に、狂気と穏やかな夢が訪れる。
選評
暗く重たい作品世界の中に、みつに思いを寄せる恭吉の一途な姿とみつの可憐な優しさが光る。グロテスクな情景に折り込まれる二人の純愛が、モチーフの重たさと対照的に清々しく広がる。五感の中でも、特に嗅覚・聴覚を刺激する表現が面白い。序盤での純文学を踏襲する文体と言葉の選択は、ライトノベル等に慣れた世代にとっては読みづらさを与えるだろうが、著者の個性であり作品の色を出すためにも不可欠である。会話文はラフで現代的な語り口、気負いなく語られる細かいエピソードが作品に色を出している。この叙述文と会話文のギャップに若干の違和感を覚えるが、後半部ではそのギャップも消え、読み手を引き込む力強さを持つ。現代社会において取り上げられることの多い介護の現場を描くのは難しいが、人物設定と舞台設定の上手さで見事に小説化している。人間が物になっていく様(老人が赤子になっていく様)、正気を失っていく様、が巧みに描かれている。なにより、著者の筆力は確かなものであり、小説としての完成度が高い作品である。
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