第一次選考通過作品詳細

時間管理人』 森しずく

主人公・倫子(二十一歳)は神奈川県真鶴市の実家で日々何をするでもなく過ごしていた。学校へ通学しているわけでもなければ、仕事をしているわけでもない。両親はそんな倫子のことを咎めることもなく、ただ漠然と時間が過ぎていくような毎日だった。 ある日、そんな倫子の元に「時間管理人」を名乗る男が訪れる。「時間管理人」とは、倫子が幼いころに幼なじみから聞いたお伽噺に登場するキャラクターだ。そのお伽噺の中では、異世界で自分の持ち時間を浪費してしまい現在の世界での持ち時間が残り一年間となってしまった(つまり、寿命が残り一年間となってしまった)人物のところに時間管理人が現れるのだという。そして、倫子の前に現れた「時間管理人」も倫子の現在の世界での持ち時間があと一年間しかないことを告げる。突然の出来事に狼狽する倫子を、「時間管理人」は東京へと連れていく。「時間管理人」を名乗る男によれば、倫子は異世界では東京で生活を送っていたのだという。そうして男に連れられるまま様々な場所を訪れるたびに、倫子には「異世界」の記憶が甦っていく。それは、「リン」という名前で呼ばれていたもうひとつの「世界」での倫子と、「リン」が「リュウ」と呼んでいた男性との日々の暮らしの記憶だった。そして、やがて倫子は「真実」と向き合うこととなる……。


選評

タイトルや設定から受ける印象だけだと、あたかもファンタジーかあるいはSF仕立ての作品のように思えてしまうが、中身は骨組みのしっかりしたヒューマンドラマであり、物語中に仕組まれた小道具的な設定が、後半きちんと回収されていく様は読んでいて気持ちが良い。また、一歩間違うとただ複雑なだけになってしまいがちな展開を上手くまとめあげ構成している手腕は見事。登場人物それぞれの役割や人物像もはっきりしていて、小説としての完成度の高さに、つい唸ってしまう。応募作の中には、自らの恋愛体験をただ書いただけ、というものも存在していたのだが、それに比べると、本作は小説としての構成力という点で抜きん出ている。恋愛は誰にとっても重要な事柄である分だけ、恋愛小説の作者には、「木を見て森を見ず」にならない幅広い視野が必要となる。これは言い換えれば「読者」を意識できているか、ということなのだが、本作はこの水準をクリアしていると言えるだろう。

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