第一次選考通過作品詳細

『クレイジージェントルマン』 獅子本 梓

自らを完璧な紳士と自任し、かつ自称する男、鼎彰文。容姿端麗、スポーツ万能、頭は切れるし気品もある。そんな鼎の唯一の欠点は、実家がお寺であること。紳士にお寺は似合わない。坊主に囲まれるむさくるしい毎日から逃れるため、都心のカフェでウェイターの仕事をしている。ある日、鼎は店で少女の面影を残す女性(早坂奈々)と出会い恋に落ちる。しかし彼女は、つけいる隙がないほど韓流スターの大ファン。ショックに落ち込む鼎にさらなる悲劇が襲いかかる。なんと、江戸時代の武士、氏原陣八の自縛霊にとりつかれてしまったのだ! 自縛霊との共同生活を余儀なくされる鼎。しかし、いつしか氏原との友情が芽生え、愛しの早坂奈々と「ラブラブでちょっとHなクリスマス」を過ごすべく、共同戦線を張るのだった……。果たして2人(?)は、韓流スターしか目に入らない強敵、早坂奈々をゲットすることができるのか!? おバカでキュートな爽快ラブコメディ。


選評

お涙ちょうだいの「泣ける恋愛小説」が隆盛を極める中、その対極にある「笑い」で勝負した作者の心意気にまず拍手。そして、見事読者を笑わせることに成功した作者に敬意を表します。楽しい時間を、ありがとうございました。なんと言ってもすばらしいのは、「面白い言葉」に対する嗅覚です。たとえば、毎日同じ時間に同じ席に座り同じロイヤルミルクティを注文する早坂奈々に鼎がつけたあだ名、「ロイヤルさん」。鼎が毎日風呂に入れる入浴剤、「登別カルルス」。高校時代の鼎が美人音楽教師に一目惚れ。しかし、校長先生との「熱烈キッス」現場を目撃し叫んだ言葉が「禁断過ぎるだろ!」。こうした面白い言葉づかいの積み重ねが、作品全体を良質なコメディとして成立させているのだと思います。このセンス、大好きです。ベタなことを、ベタにやり抜く潔さもすばらしい。奈々に恋してしまった鼎は、自分に何が足りないのか考える。韓流スターと自分との違い。そう、それは筋肉だ! トレーニングジムに駆け込む鼎。ここでの鼎と陣八の会話がすばらしい。 『彰文、好きな食べ物は?』「プロテイン!」ダンベルを持ち上げながら猛ぶ。『彰文、憧れの人は?』「シュワルツネッガー!」サンドバッグを叩きながら吠える。『彰文、座右の銘は?』「筋肉に勝るものはなぁーーーし!」昼下がりのジムは、完璧な肉体を渇望する一人の男の戦場と化した。 随所にこうした王道の笑いが挿入されるので、安心して作者に身をゆだねることができます。ああ、この人はきっと最後まで外さないな、と。途中で泣きの展開になったりしないな、と。もちろん本論である早坂奈々と鼎の恋模様も2転3転、最後まで楽しませてくれます。笑いのセンスがあって、ストーリーテラーとしての能力も十分。そしてなにより、最後まで作品のテイストがブレない、小説家としての「腕力」は相当なもの。作家としてやっていけるだけの素養は十分あり、とみました。

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